初恋ディストリクト
 ◇栗原智世の時間軸

 激しく息をしながら、スマホを取り出してあの時の事故を検索する。

 この町の名前、バス停、事故とキーワードを入れるだけで、すぐに引っかかった。

『バス停に乗用車突っ込み一人死亡、二人けが』

 その見出しのリンクを息を整えてクリックした。

 徐々にスクロールした時、見たくないものが目に飛び込んだ。

『死亡したのは中学三年生、澤田隼八さん(15)。搬送先の病院で死亡が確認された』

 このニュースは当事私も近くにいたからとてもショックを受けた。

 そうだった、学生がひとり亡くなったことは覚えていた。

 事故を起こしたのは七十を過ぎた高齢者で、その後テレビでは高齢者の危険運転が暫く話題になっていた。

 澤田君の居る世界では、私はバスに乗る事を選んだために、私が犠牲者となって澤田君は足を怪我した。

 あの時の自分の選択が分岐点となって、ふたつの世界に分かれてしまった。

 そんなことって。

 急激に走った後の足の疲れが、ショックと共に今になって現れて私はがくっと力が抜けてしまう。よたついたとき、後ろから声を掛けられた。

「あの、大丈夫ですか。気分でも悪いんですか?」

 急いで私に駆け寄って、私の体を支えてくれた。

 買い物袋をさげているところをみると、近くのスーパーから戻ってきたところに違いない。

「すみません。ちょっと躓いただけで」

 顔をあげれば、女性が心配そうに覗き込んだ。その表情にハッとしてしまう。

「でも顔色が悪いわよ」

「私、その」

 その女性の顔を見ると涙がじんわりと目に集まってくる。

「どうしたの。やっぱり具合が悪いの?」

 このまま放っておけないと思ったのだろう。

 親身になって接してくれる。

 私には分かっていた。

 この人は澤田君のお母さんだ。

 だって澤田君に雰囲気が似ているんだもん。

 とてもすがりたい気持ちが強くなって、支えてくれたのをいいことに私はこの人の腕を抱きしめる。

「あの、澤田君のお母さんですよね」

 突然に尋ねたから、澤田君のお母さんも驚きを隠せなかった。

「あなた、隼八の友達なの?」

 半信半疑で私に訊いた。

「はい」

 返事をするとずっと我慢していた感情があふれ出して泣き出してしまった。

 澤田君のお母さんは私を支えて歩き出す。

「うち、すぐそこなの。あがっていって」

 ひっくひっくしながら支えられるままに私はついていく。
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