初恋ディストリクト
◇栗原智世の時間軸
沙耶子さんは残ったふたつのおにぎりをラップに包んで私にくれた。
「あのね、智世さん、おにぎりだけど、実はあれ、雑誌に紹介されていたの。だから私が考えたわけじゃないの」
最後に恥ずかしそうに教えてくれた。
「でも、澤田君の好き嫌いを失くしたくて、一生懸命何を作ろうか悩んで、それで色んな料理雑誌を見たんだろうなって思います」
「ええ、そうだったわ」
沙耶子さんは懐かしむように微笑んでいた。
「今日は突然お邪魔してすみませんでした」
「いいえ、こちらこそ、来てくれてありがとう。そして隼八を好きになってくれてありがとう」
沙耶子さんは私を抱きしめてくれた。
ふんわりとしたやさしい匂いがする澤田君のお母さん。
澤田君の優しさと被る。
年が離れているけど、沙耶子さんとこれからも友達でいたいと思った。
「また遊びに来てもいいですか」
厚かましくも私は尋ねた。
「もちろん大歓迎よ。また一緒に料理しましょうね」
「はい、ぜひ教えて下さい」
澤田君が好きなものや、いつも食べてたものを私も作ってみたい。
また会う約束をして、私は沙耶子さんと別れた。
鞄に入ったおにぎり、澤田君の大好きな味。今それを手にしている事がとても嬉しい。
空を見上げれば、今日はいい天気だ。
桜ヶ丘の桜も見ごろに違いない。そこに行ってこのおにぎりをまた食べてみようか。
本当なら私と澤田君がデートするはずだった場所だ。
それが叶わなくなったけど、ひとりでも行かなくっちゃ。
桜ヶ丘公園は優しいピンク色に包まれてお伽の国のようだ。
風が吹くと桜がそよそよとなびいて、花びらが時々ふわっと舞っていく。
優しい時間がゆっくりと流れて、桜の木の下で母親と小さな子供が犬に見守られながらボール遊びをしていた。
子供も犬もかわいいなと見ていたとき、ボールが私の足元に転がってきた。
それを拾って、子供に向かって転がした。
「どうもすみません。ありがとうございます」
母親は丁寧にお礼を言った。
「どういたしまして。お子さんも、犬もかわいいですね」
褒めると、お母さんは嬉しそうにはにかんでありがとうの意味で頭を下げていた。
なだらかな坂をゆっくりと歩きながら、桜を堪能していた。
途中、犬を散歩させている人たちと会い、人懐っこい犬が私を見て、遊んでほしそうに尻尾をふった。
私はにこっと微笑み返してすれ違った。
お花見している人たちも少なからずいる。
もしかしたら週末は自粛と言われていてもそんなの無視してここにやってくるのかもしれない。
ぐるぐると回りながら丘の上まで歩けば、結構な運動量だ。
苦にならなかったのは、桜が綺麗で見ているのが楽しかったからだ。
頂上が近づくと、上の方から犬の吼える声が聞こえる。
てっぺんについてみれば白い犬が桜の木に向かって吼えていた。
大型犬だから声が太い。
飼い主の女性はリードを引っ張って、「やめなさい。もう十分でしょ」と何度も言っているけど犬は言う事を聞きそうにもない。
何かがいるのだろうか。
近づいて様子を探ってみた。
「こんにちは、そこに何かあるんですか」
私が声を掛けると、女性は困った表情を向けた。
「何かを見つけたみたいに急に吠え出したんだけど、私が見ても何もなくてね」
「犬は繊細だから、細かい何か見つけたのかもしれませんね」
「私も注意深く何度と見たんだけど、やっぱり何もないのよ」
散った桜の花びらが地面を多い、そこはピンクの絨毯になっていた。
「もういいでしょ。帰るよ」
女性はリードを無理にひっぱり、犬をそこから引き離す。
私に一礼をして、犬をひきずって丘を降りていった。
犬は何回か振り返っていたけど、そのうち諦めて丘を下りて行った。
ここに何か埋まっているのかなと落ちていた枝を拾って突いたとき、そこに散らばっていた桜の花が幾分消えたように見えた。
風が吹いて飛んでいったのだろうと思っていたら、次に地面の土も小さくほじくったような穴が出来ていた。
「ええ、虫がいるの?」
何かが明らかにここでうごめいている。
どんな虫が出てくるのか暫く見ていた。
沙耶子さんは残ったふたつのおにぎりをラップに包んで私にくれた。
「あのね、智世さん、おにぎりだけど、実はあれ、雑誌に紹介されていたの。だから私が考えたわけじゃないの」
最後に恥ずかしそうに教えてくれた。
「でも、澤田君の好き嫌いを失くしたくて、一生懸命何を作ろうか悩んで、それで色んな料理雑誌を見たんだろうなって思います」
「ええ、そうだったわ」
沙耶子さんは懐かしむように微笑んでいた。
「今日は突然お邪魔してすみませんでした」
「いいえ、こちらこそ、来てくれてありがとう。そして隼八を好きになってくれてありがとう」
沙耶子さんは私を抱きしめてくれた。
ふんわりとしたやさしい匂いがする澤田君のお母さん。
澤田君の優しさと被る。
年が離れているけど、沙耶子さんとこれからも友達でいたいと思った。
「また遊びに来てもいいですか」
厚かましくも私は尋ねた。
「もちろん大歓迎よ。また一緒に料理しましょうね」
「はい、ぜひ教えて下さい」
澤田君が好きなものや、いつも食べてたものを私も作ってみたい。
また会う約束をして、私は沙耶子さんと別れた。
鞄に入ったおにぎり、澤田君の大好きな味。今それを手にしている事がとても嬉しい。
空を見上げれば、今日はいい天気だ。
桜ヶ丘の桜も見ごろに違いない。そこに行ってこのおにぎりをまた食べてみようか。
本当なら私と澤田君がデートするはずだった場所だ。
それが叶わなくなったけど、ひとりでも行かなくっちゃ。
桜ヶ丘公園は優しいピンク色に包まれてお伽の国のようだ。
風が吹くと桜がそよそよとなびいて、花びらが時々ふわっと舞っていく。
優しい時間がゆっくりと流れて、桜の木の下で母親と小さな子供が犬に見守られながらボール遊びをしていた。
子供も犬もかわいいなと見ていたとき、ボールが私の足元に転がってきた。
それを拾って、子供に向かって転がした。
「どうもすみません。ありがとうございます」
母親は丁寧にお礼を言った。
「どういたしまして。お子さんも、犬もかわいいですね」
褒めると、お母さんは嬉しそうにはにかんでありがとうの意味で頭を下げていた。
なだらかな坂をゆっくりと歩きながら、桜を堪能していた。
途中、犬を散歩させている人たちと会い、人懐っこい犬が私を見て、遊んでほしそうに尻尾をふった。
私はにこっと微笑み返してすれ違った。
お花見している人たちも少なからずいる。
もしかしたら週末は自粛と言われていてもそんなの無視してここにやってくるのかもしれない。
ぐるぐると回りながら丘の上まで歩けば、結構な運動量だ。
苦にならなかったのは、桜が綺麗で見ているのが楽しかったからだ。
頂上が近づくと、上の方から犬の吼える声が聞こえる。
てっぺんについてみれば白い犬が桜の木に向かって吼えていた。
大型犬だから声が太い。
飼い主の女性はリードを引っ張って、「やめなさい。もう十分でしょ」と何度も言っているけど犬は言う事を聞きそうにもない。
何かがいるのだろうか。
近づいて様子を探ってみた。
「こんにちは、そこに何かあるんですか」
私が声を掛けると、女性は困った表情を向けた。
「何かを見つけたみたいに急に吠え出したんだけど、私が見ても何もなくてね」
「犬は繊細だから、細かい何か見つけたのかもしれませんね」
「私も注意深く何度と見たんだけど、やっぱり何もないのよ」
散った桜の花びらが地面を多い、そこはピンクの絨毯になっていた。
「もういいでしょ。帰るよ」
女性はリードを無理にひっぱり、犬をそこから引き離す。
私に一礼をして、犬をひきずって丘を降りていった。
犬は何回か振り返っていたけど、そのうち諦めて丘を下りて行った。
ここに何か埋まっているのかなと落ちていた枝を拾って突いたとき、そこに散らばっていた桜の花が幾分消えたように見えた。
風が吹いて飛んでいったのだろうと思っていたら、次に地面の土も小さくほじくったような穴が出来ていた。
「ええ、虫がいるの?」
何かが明らかにここでうごめいている。
どんな虫が出てくるのか暫く見ていた。