初恋ディストリクト
 ◇栗原智世の時間軸

 地面に小さな穴が開いたから、虫が出てくるのかと思ったけど、何も起こらなかった。

 そこだけ桜の花びらが取り除かれたので、私はふさぐように周りの桜の花びらをかき集めてみた。

 それなのに、風が吹いたようにさっとはらいのけられてしまった。

 どういうことだろう。

 もう一度同じようにかき集めた。

 今度はそれがひとりでにハートの形になった。

 あまりにも不自然でどうみてもそれは人工的に作られている。

 もしかしたらと思い、私はその隣にもうひとつハートの形を作ってみた。

 やがてそれはまたひとつになって、大きなハートが出来上がった。

 やはりこれは誰かがここにいる。

 私は辺りを見回した。

「澤田君なの?」

 でもなんの反応もなかった。

 だけどきっと澤田君に違いない。

 同じようにこの場所で桜を見に来ている。

 ここで私たちがデートする約束をしたのだから、絶対そうに違いない。

 なぜだかわからないけど、今ここは澤田君のいる世界線と繋がっている。

 私は鞄からおにぎりをひとつ出し、ハートに型どられた桜の花びらの上に置いてみた。

 そして私は強く願う。

 この場所で澤田君と私がする予定だったことを。

 私たちはここでデートをして、一緒にお弁当を食べる。

 目を瞑って手を合わせて、祈るように強く念じた。
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