夏の終わりと貴方に告げる、さよなら

「馬鹿にしてる?」

「してないし、本音」

 幾度かの言葉を重ね合ったところで、嶺奈は我に返る。品のあるレストランで、私達は一体何をしているのだろう。

 他から見たら、惚気合いをしているカップルにしか見えない。きっと、二人ともこの空間に酔っているだけだ。

 話を切り替えようと、嶺奈はフォークを静かに置いて、一呼吸ついてから口火を切った。

「良平さんに、一つ聞きたいことがあるの……」

「何?」

「前に一度だけ私に会ったことがあるって言ってたけど、やっぱりどうしても思い出せなくて……」

 嶺奈は、ずっと前から聞きそびれていた疑問を、彼に投げ掛ける。

 良平さんは私に会ったことがあると言っていた。それなのに、私は自分の記憶をいくら探ってみても、何も思い出せなかった。

 そもそも、普段から亮介以外の男性と交流する機会がなかった私には、何も思い当たる節がない。

 ならば、彼が他の誰かと思い違いをしている可能性のほうが高い。

「あれ? 話してなかった?」

「聞いてないわ」

「ごめん。嶺奈に伝えるの忘れてた。その話は長くなるから、帰ってからでいい?」

「話してくれるなら」

「ありがとう。家で改めて話すから」

 この話を上手くかわされたような気がして、一瞬だけ彼に少し違和感を覚える。

 けれど、その違和感を胸の奥に押し込めて、嶺奈は気づかないふりをした。
 
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