夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
「俺が電車の座席に、取引先との大事な書類を忘れて、嶺奈が届けてくれたんだ。それは覚えてる?」
彼の言葉を聞いて、嶺奈は脳裏で眠っていた記憶を呼び覚ます。
あれは確か、数年前のことだ。
電車の座席に、A4サイズの茶封筒が置かれていたことに気がついた嶺奈は、咄嗟にその封筒を手にして電車を降りた。
そして、必死で相手を探して、その封筒を届けたのだ。
たったそれだけの面識だった。
まさか、その相手が良平さんだとは、思ってもみなかったし、今言われるまで、すっかり忘れてしまっていた。
良平さんと再会したときから、心の中で、ずっと何かが引っ掛かっていた。けれど、その答えが解らずに、自分の勘違いだと考えを奥底にしまい込んでいた。その疑問が今、氷解していく。
あの雨の日に出会う前から、二人はすでに邂逅を果たしていた。
脳裏にかかっていた靄が徐々に晴れていき、当時の記憶が鮮明に蘇り始める。