夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
「あの時、仕事で行き詰まっててさ。考え事をしてて、書類を忘れたことも気付かないまま電車を降りたんだ。もし、あの書類を嶺奈が届けてくれなかったら、俺の人生はあの日で終わってた」
そう語って、彼は悲しそうに笑う。
「次また会えたら、お礼を言おうと、ずっと思ってた」
彼は恩人である嶺奈に、いつかまた再会出来ることを夢にみていた。
けれど、その夢はある日突然に思わぬ形で、叶ってしまったのだ。
同僚である阿久津亮介に見せられた、あの薔薇園で撮影された写真が、彼の携帯の待ち受け画面という形で。
亮介が彼に告げた『俺の彼女』という言葉は、立花にとって、とても残酷なものに思えた。
嶺奈にはすでに阿久津という彼氏がいた。
その事実が、立花の心を酷く苦しめた。
──君が阿久津の彼女でなければ。
そう、何度願ったのだろう。
立花は自身に芽生えた感情を、心の奥底に封印し、生きてきたのだ。
……あの日、雨に濡れた嶺奈と再び出会うまでは。