夏の終わりと貴方に告げる、さよなら

「……美緒」

 亮介は寝室のドアを控えめにノックする。

 けれど、彼女からの返事はない。諦めて、その場を離れる。
 
 離婚調停を取り止めたのは、彼女が精神を病んでしまったことが理由だった。

 亮介は同情してしまったのかもしれない。愛情が芽生えたわけではない。けど、放っておけなかったのは、嶺奈のこともあったからだ。

 亮介が嶺奈に別れを告げた後、彼女は自棄を起こし、身を投げようとしたと立花から聞かされていた。

 今ここで、美緒を見放してしまったら、彼女もまた嶺奈と同じことをするかもしれない。

 そんな恐怖が亮介の心を縛りつけていた。

 嶺奈に軽々しく、離婚調停のことを話すべきではなかった。無駄に期待をさせ、そして落胆させた。

 引き留めることが出来なかったのは、自分の勝手でこれ以上、嶺奈を振り回したくなかったからだ。

 俺はどこで釦をかけ違えてしまったのか。

 嶺奈はいつも俺の側にいると、思い込んでいた。だから、その安心感にいつの間にか甘えてしまっていた。

 けれど、それはただの傲慢でしかなかった。



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