夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
 翌日、亮介が出社すると、立花の周りには人が集まっていた。

 自分の席に着き、さりげなく話を盗み聞く。

 立花が婚約をしたという話が、女性陣の間で、すでに広まっているらしい。その真意を探る為に、彼に詰め寄っているようだ。

 不意に立花と目が合い、亮介は視線を逸らす。

 苛立ちが湧き上がるのは、自分に対してか。それとも彼に対してか。

 亮介が美緒と結婚してから、立花は業績を上げ、営業課で一位の成績を修めていた。

 彼が一時期多忙だったのは、亮介の仕事の穴埋めを請け負っていたからだ。

 あの数ヶ月は、ほとんど自宅にも戻れないほど、忙しくしていたと他の社員から聞かされていた。

 嶺奈が一人寂しく薔薇園にいたのも、丁度その頃だ。

 それなのに、俺は今日まで一体何をしていたんだ。

 今までは俺が営業課のトップを死守していたのに、美緒と結婚をしてからはこの体たらくだ。

 呆れてものも言えない。

 そして、課内では俺と美緒が離婚調停中という噂が広まっていた。

 俺の左手薬指から消えた指輪を見れば、皆、察するものがあったのかもしれない。

 元々、この結婚は長くは続かないだろうと、思っている者がほとんどだった。

 美緒は亮介に婚約者がいると知りながら、無理矢理に迫り結婚をした。

 社長令嬢の美緒は、欲しいものなら何でも与えられて生きてきた。

 岡田カンパニーの受付嬢をしているのも、彼女が望んだからで、そこに他意はない。この歪な結婚も美緒が望んだものだ。亮介の意思など始めから関係なかった。

 中には亮介が昇進する為に、美緒を利用したのではないかという邪推さえ、秘かに聞こえていた。

 だが、それを否定したところで、理解してくれる人は誰もいない。

 
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