夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
「最低な人」

「それは分かってる。そうじゃなくて……、例えば名前とか」

「名前? 名前なんて、聞いてどうするんですか。復讐でもするの」

 嶺奈は冗談混じりに言いながら自嘲する。

 復讐なんて、出来るわけない。

 亮介に復讐をしたら、私は浮気をした彼と同じ立場になってしまう。

 悲劇のヒロインじゃ、居られなくなる。

「協力するって言ったら、君はどうする?」

 けれど、彼は真剣な眼差しだった。
 愛想笑いもない。

 馬鹿にされてると分かったなら、即座に彼の頬を一発ひっぱたいてから、部屋を出ようと思っていた。

 それなのに、私は彼の危険な雰囲気に飲まれてしまったのだ。

 亮介に、一矢報いてやりたい。

 そう、思ってしまった。

「……犯罪に手を犯すかもしれないのよ」

「良いよ。君となら、俺は地獄に堕ちても構わない」

 地獄に堕ちても構わない──。

 彼の言葉が、とても魅力的で淫靡にさえ感じた。

 今日まで必死に押し留めてきた、自身の嫌な感情が堰を切ったように溢れ出す。

 激情は動き出した。もう、留めることは出来ない。

 彼は、立花良平は嶺奈のパンドラの箱を開けてしまったのだ。

「お願い。私を地獄へ連れていって」

 決意を固めた嶺奈は、不意に零れた一雫を指で払い、彼を見据えた。
 
「分かった」

 ソファから立ち上がった立花は、嶺奈にゆっくりと右手を差し出す。

 この手を取れば、もう後戻りは出来ない。

 けれど、何もせずに犬死にするくらいなら、私は最後の最後まで、みっともなく足掻きもがいて、潔く散ってやる。

 嶺奈は差し出された彼の手に触れた。
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