夏の終わりと貴方に告げる、さよなら

「お父様はこう言いました。お前も二十代後半だ。だから、そろそろ身を固めるべきだ、と」

 美緒の父親は、いつも、そうだった。彼女の気持ちなんて、一つも考えてはいない。

 自分の娘が子供を産んで孫に会社を継がせる。それが岡田社長の考えであり、夢でもあった。そして、それを叶えられるのは娘の美緒しかいない、と。

 美緒が産まれて間もない頃に、彼女の両親は離婚した。岡田社長が美緒を引き取り、男手一人で娘を育て上げた。だから、彼女は、その恩を父親に返さなければいけない。

 そう刷り込まれて、今まで生きてきた。

 就職も彼女が困ることのないようにと、最もらしい理由付けしながら、自分の会社に就職させた。全ては娘を自分の目の届く範囲に置くために。

 端から見れば順風満帆のように思えた。けれど、美緒の心情は違っていた。

「お父様が敷いたレールの上でしか、私は生きられなかった。受付嬢になったのも、お父様が決めたこと。夢を持つことなんて、許されなかった」

 抗うことも出来ず、人形のように父親に従い続けた人生。

 それでも美緒には一つだけ、どうしても譲れない出来事がことがあり、それは、結婚相手を勝手に決められたことだった。

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