夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
 約一時間掛けてたどり着いたのは、静寂に包まれた海辺だった。

 時刻はお昼前だというのに、辺りに人の気配は見当たらない。

「綺麗でしょ。俺の秘密の場所」

 車を降りて、海を眺める。
 
 穏やかに寄せては返す波を見ていると、心が洗われていくようだった。

 嶺奈は返事も忘れて、ゆっくりと砂浜を歩み始めた。

 砂に沈んでいくパンプスのヒールに、煩わしさを感じた。

 海に来るって知ってたら、スニーカーにしたのに。しかも、タイトスカートのせいで、余計に歩きづらい。

「靴脱いだら危ないよ。ガラス片とかあるかもしれないから」

「そうね。脱ぐのは止めておく」
 
 いつの間にか、嶺奈の隣まで来ていた立花が、そっと彼女に声を掛ける。

「夕方になると、もっと綺麗なんだ。嶺奈が気に入ったなら、また、連れてきてあげる」

 陽のある時間帯でこれほど綺麗なら、夕方はきっと想像を越えるくらいに、刹那的で綺麗に違いない。
 
「今日はありがとう。この場所に連れてきてくれて」

 素直な気持ちが言葉となって零れた。
 ずっと荒んでいた心が、癒された気がする。

 しかし、立花は嶺奈とは対称的に、どこか躊躇った様子だった。そして、意を決したように口を開いた。
  
「……これから君は、辛い事実と向き合うことになるかもしれない。だから、これは俺からの罪滅ぼし」

「罪滅ぼしって、どういうこと?」
 
 嶺奈にとって予想外の言葉だった。

 罪滅ぼしは、罪を犯した人が使う言葉だ。
 彼は私に何もしていない。

 それなのに、どうしてこの言葉を使ったのか。疑問が消えない。

「今はまだ言えない」

 ──いずれ、分かるから。

 彼の悲しそうな表情が、海辺という景色と相まって、余計に焼き付いて離れなかった。
< 23 / 145 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop