夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
 翌日。出掛ける準備を終えると、嶺奈は慣れた足取りで、マンションの駐車場に向かう。

 立花の車はすでに到着していて、嶺奈は当たり前のように助手席に座った。

「注文していた指輪が届いたって連絡がきた。今日、取りに行こう」

 車内で顔を合わせるなり、彼は開口一番に言った。

 あの指輪、本当に私に贈るつもりだったんだ。なんの音沙汰もなかったから、忘れていた。

 ということは、今日は街中のブティックを眺める時間があるかもしれない。嶺奈は一瞬迷い、そして、脳裏に浮かんだ考えを口にした。

「一つ、お願いがあるんだけど……」

 恐る恐る、問う。

「何?」

「結婚式に出席するから、ドレスが欲しくて」

「俺に選んで欲しいってこと?」

「それは考えてなかった」

 彼に問われ、思考する。

 ドレスといってもフォーマルな物だし、大体の形や色は決まっている。だから、選ぶのも時間はかからないと思っていた。

「自分で言うのもなんだけど、センス悪くないと思うよ、俺」

「なら、ドレス選びも、お願いしてもいい?」

 信号が赤になり、車はゆっくりと停止する。運転していた彼が、こちらを振り向いた。

「とびきり可愛いのを選んであげる」

「主演の二人より目立つ物は駄目よ」

 花嫁より目立ってはいけない。という結婚式のマナー。

 私にだって、それくらいの常識はある。それに披露宴をめちゃくちゃにしようとは、さすがに思わない。

「それは嶺奈次第かな。けど……少し妬けるな」

 私次第ってどういうことだろう。
 良平さんはいつも、意味深な発言をする。

「え、なんて言ったの? 最後、聞き取れなかった」

 彼が最後に小さく呟いた言葉は、車の発進音と共に掻き消され、嶺奈は聞くことが出来なかった。

「気にしなくていいよ」

 立花は答え、車は再び走り出した。
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