夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
 彼は私を見つめたまま硬直していた。

「良平、さん……」

 無意識に彼の名を呼ぶ。

 どうして、あなたがここにいるの?

 状況を飲み込めず、嶺奈は手にしていたシャンパングラスを床に落とした。

 瞬間、演奏者が奏でるグランドピアノの音色が止まり、辺りの視線が嶺奈に集中する。

 思考が追い付かない。意識が朦朧とし始める。

 ふらりと椅子から立ち上がり、胸に手を当てる。異常なくらいの心拍数だった。

 ああ、私。また騙されてたんだ。

 そう悟った時、嶺奈の意識はそこで大きく揺らいだ。

 身体の力が抜け落ちる。
 もう、自分の足で立っていられない。

「嶺奈!」

 意識が完全に途切れる僅かな間、私の名前を叫んだのは誰だったのか。

 考える暇もなく嶺奈は、その場に崩れ落ちた──。


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