夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
嶺奈の姿を見るなり、彼は驚きの声を上げた。
「なっ! 脱衣所にバスローブあったよね。なんで、着てないの」
「え」
バスローブが有ったことに気付かなかった。
けれど、今さら取りに戻るのも面倒になって、このままで良いと答えた。
「それは駄目だろ。……なんで、こんなに……」
彼は面倒そうに言いながらも、バスローブを取りに行くと、嶺奈の後ろから、ばさりと被せた。
着ろ、ということだと理解した嶺奈は渋々、袖に手を通した。
「俺もシャワー浴びてくるから、ルームサービスでも好きに頼んで」
そう言い残して、嶺奈と入れ替わるように、彼はバスルームに消えた。
ルームサービスなんて、頼む気にもなれない。
手持ち無沙汰になり、濡れて重くなった自分の革のバッグから携帯を取り出す。
画面を点灯させると、時刻は午後八時半を過ぎていた。
着信も通知もない。
当然だ。私は彼に裏切られ、振られた。そして、捨てられたのだから。
じんわりと涙が滲み、視界が曖昧になる。
そして、雨のようにポロポロと涙が頬を伝い始めた。
泣きたくなんか……ない、のに。
どうして、涙が出るの。
一度決壊した涙腺は留まることを忘れてしまったのか、嶺奈はしゃくり上げて泣き始めた。
早く、この涙止めなきゃ。
こんな姿、見られたくない。
そう思うのに、涙は止まらず、溢れるばかりだった。
「……泣いてるのか」
「っ! 泣いて、なんか……」
シャワーを浴び終えた彼が、彼女に静かに語りかける。
そんな彼女を見て、彼は何をするわけでもなく、少し間を開けて、ソファに座る。
「あー……、たばこ、駄目になってる」
スーツの上着ポケットから煙草のパッケージを取り出すも、濡れて使い物にならなくなっていた。
彼は自身の革製バッグを漁り、細長い機械を取り出す。それは電子タバコだった。
「げ、充電忘れてた……」
電子タバコの電源を入れようとしたものの、運悪く充電切れのようだ。
「ルームサービス、頼んだ?」
彼の問いに、嶺奈は無言で首を小さく振り、否定する。
「どうして、私を助けたんですか。……あの時、見捨てておけば……」
「誰かが死ぬのは嫌だったから」
嶺奈の無遠慮な問いに、害することもなく、彼は即答した。
死ぬのは嫌、ね。
今の私にとって、その言葉は綺麗事でしかなくて、この胸には少しも響かなかった。