夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
 立花とのすれ違い生活は未だ続いていた。

 それでも、以前よりは仕事が落ち着いたのか、お互いに顔を合わせる機会が増え、嶺奈は居心地の悪さを感じていた。

 同棲を辞めたいと言ったら、彼は気付いてしまうだろうか。

「……嶺奈。……嶺奈?」

 名前を呼ばれ、はっとする。立花は嶺奈の様子を心配そうに見つめていた。

「な、何?」

「だから、明日は久しぶりに休みが取れそうなんだ。どこかに出掛けようかって話なんだけど、聞いてた?」

「聞いてた……」

 朝食を摂る手を止めて、嶺奈は視線を彷徨わせる。こんがりと焦げ目のついたトーストは手付かずのまま、すっかり冷めてしまっていた。

 食欲が無いわけではない。

 けれど、考え事に耽っていたせいで、彼の話を聞いていなかった。

 こんなことでは、すぐに気付かれてしまう。
 
 亮介に思いが揺らいでいること。彼に隠すと決めたのなら、最後まで貫き通さなければいけない。
 
 嶺奈は、ぎこちなく微笑み、席から立ち上がる。

「もう行かないと」
 
「待って」

 食事にも手をつけず、わざとらしい態度をとる嶺奈を、彼は当然見逃すはずもなかった。

「遅れるから、話ならまた後で──」

「俺から逃げないでって、言ったよね」

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