夏の終わりと貴方に告げる、さよなら

「…………」

 咄嗟に背を向けた嶺奈を、立花は腕を掴んで引き留める。僅かに痛むのは自分の心か、それとも掴まれた腕なのか、嶺奈には分からなかった。

「嶺奈」

「良平さんも仕事に遅れるといけないでしょ?」

 彼が諭すように声をかけても、嶺奈は頑なに口を閉ざして、話すことを拒んだ。いつまでも変わらない彼女の態度に、諦めたのか立花は掴んでいた腕を離した。

「なら、今日は仕事早めに終わらせるから。待ってて」

「……分かった」

 そう言い残すと、彼は足早にリビングを出ていく。リビングに独り残された嶺奈は、苦し気な表情を浮かべて、立ち尽くしていた。

 ──ごめんなさい。良平さん。
 
 私は優しい貴方を裏切った。

 胸中で何度、懺悔の言葉を並べてみても、彼には届かない。

 良平さんは私が裏切ったと知ったら、どうするのだろうか。
 
 酷く罵るのか。軽蔑するのか。

 その時が来たら、私は彼のどんな罵詈雑言も受け止める覚悟は出来ている。
< 88 / 145 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop