夏の終わりと貴方に告げる、さよなら
 仕事が終わり、社員証を機械にかざし、退勤する。

 週末ということもあって、周りの社員達は今から飲みに出掛けるようだ。

 嶺奈はその輪には加わらず、会社を出て、携帯を確認する。

 すると、一通のメッセージが届いていた。

 『連絡ありがとう。君が会いたいなら、俺は今日でも構わないよ』

 まさか、本当に返信されるとは思ってもなかった。

 半ば半信半疑だったのだ。

 連絡先だって、嘘かもしれない。そう思っていたのに。

 予想外のことに戸惑いつつ、どう返信するか、逡巡しメッセージを送った。

 『あの日のホテルで』

 彼からの返信は早く、一言『分かった』とだけ書かれていた。


 ホテルに向かう道すがら、私は一体何をしているんだろうと思う。

 心が弱ってたから?
 違う。そんなんじゃない。

 必死に否定しても、足は独りでに進み、気がつけばホテルの前に到着していた。

 引き返すなら今しかない。

 けど、そうしなかったのは、少しだけ彼に会いたいと思う気持ちがあったから。

 意を決して、ホテルのロビーに足を踏み入れると、そこにはすでに彼がいた。

「あ、久し振りだね」

「お久し振りです」

 彼は携帯をスーツのポケットに仕舞うと、嶺奈にゆっくりと近づいた。

 嶺奈が少し他人行儀になってしまうのは、あの日の醜態を思い出したからだ。

 やっぱり、来なければよかったかもしれない。

 そんな考えが脳裏をよぎる。

「部屋、取ってあるけど、もう入る?」

 彼に問われ、嶺奈は手短に答える。

「ええ。お願いします」

 部屋に入ると、立花はさっそく煙草を取り出した。

「ここ、喫煙可のホテルで良かった。喫煙者は肩身が狭いから」

 紙煙草に火を灯すと、紫煙を燻らす。

「ごめん、もしかしてタバコ駄目だった?」

 嶺奈が無言なことに気付いた立花は、点けたばかりの煙草の火を揉み消そうとした。

「平気です。タバコの匂い嫌いじゃないので」

 そういえば、亮介は煙草を吸わなかった。煙を吸い込むと、咳をしてしまうと言っていたことを思い出す。

 けれど、私は煙草の独特な香りは嫌いじゃなかった。

 自分から好んで吸おうとは思わないけれど、つい眺めてしまうのだ。

「そう言ってもらえると助かる。辞めようとは思ってるんだけどね。実際にはなかなか……」

 彼は苦笑しながら、美味しそうに煙を吸っては吐き出している。

「私が聞くのもおかしいんですけど、どうして今日会ってくれたんですか」

 必ず会うという義理は彼にはないはずだ。
 自分から誘っておいて、疑問に思ってしまう。

「君が会いたいって、言ってくれたから」

 なんの疑いもなく、彼は答える。

「理由になってない」

「そう? 理由なんて、そんなものじゃない?」

 
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