私はあと何回、彼に恋をするのだろう 〜仕事とストレスと、そして恋と〜
「中村さん、下の名前、何?」

耳の後ろで声がした。

「紗絵。坂本さん・・は?」

顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があることは分かっていたから、顔を上げずに言った。

いま顔を上げたら、何が起こるのか容易に想像がつく。

もっと触れたい。

きっと、彼もそう思っているはず。
私も、自分がそうしてしまいたい気持ちを、どこかでぐっと抑えていた。

「俺は蓮斗(れんと)。名前で・・呼んでいい?」

「えっ」

「紗絵」

名前を呼ばれて、思わず顔を上げてしまった。
彼との距離が、ものすごく近い。

「ごめん、紗絵。離してもいい? 俺、ちょっと耐えられそうにない」

私の肩をつかんで自分から離しながら、彼は苦笑いしている。
それを見て、私はわざとらしく聞いた。

「耐えられないって、何が?」

「何って・・分かるだろ」

「私も・・耐えられない。いい・・かな?」

一度離れた彼に再び近づき、自分から首に手を回す。
ふたりの鼓動が、早くなった。

「紗絵・・」

そう囁いた彼の唇が、私の唇にゆっくり重なる。
やわらかくて・・暖かかった。

「幸せって、急に降ってくることなんてあるのかな・・」

「え?」

「明日の朝起きたら、全部夢だったりして。紗絵を抱き締めたことも、キスしたことも・・」

彼は寂しそうに笑う。
私は、全力で否定した。

「夢なんかじゃない・・よ。こんなにドキドキしてるのに」

「紗絵も、そう思ってくれるんだ」

「うん・・」

見つめ合っていた私たちの甘い雰囲気を壊すように、私の上着のポケットが震えた。
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