私はあと何回、彼に恋をするのだろう 〜仕事とストレスと、そして恋と〜
私は評価されたことで舞い上がっていた。
一緒に喜んで欲しくて、ふたり分のビールを買って彼の家に向かう。

「蓮斗、ただい・・ま・・」

リビングの電気も付けずにバルコニーにいた彼を見て、浮かれ気分が一瞬で冷めた。

「あぁ、紗絵、お帰り・・」

振り返った彼の顔は、なんだか疲れているようだった。

とてもビールで乾杯するような雰囲気ではなく、あのまま部長たちと飲みに行けば良かったな・・と、少し思った。

「今日さ、担当の患者さんが・・・・」

亡くなったんだ、と彼がつぶやく。
何日か前に帰りが遅かった時に、容体が急変した患者さんがいたと聞いた。

私は手元のビールを見て、思いつきを提案した。

「ね、蓮斗。お悔やみしよう」

「紗絵・・そうだね。そうしようか」

買ってきた缶ビールを、1本彼に渡した。
暗くなった空を見ながら、ふたりで静かにビールを飲む。

ふぅっ、と彼が息を吐いた。

「なんか、気持ちの整理が付いた気がする・・。ありがとう、紗絵」

「うん・・中に入ろうか」

明かりの付いていないリビングに入り、スイッチに手を掛けたところで、彼に後ろから抱きしめられる。

「・・蓮斗? どうしたの?」

「紗絵・・。紗絵は、ずっとそばにいてくれるよね?」

「え?」

「俺をおいて逝かないって、約束して・・」

「約束って、蓮斗・・」

「紗絵がいない人生なんて、考えたくもないな・・」

彼の腕に、ぎゅっと力がこもる。

その瞬間、ものすごく複雑な気分になった。

身体のことも、仕事のことも。
なんだか、話しづらくなってしまった。

なぜ私が鉄剤を飲んでいるか・・。
子宮筋腫のことも、まだ彼に話していない。

でも、いま話したら、きっと仕事をセーブしろと言われる。
せっかくのチャンスなのに。

しばらく、黙っていようか・・。

そんなことを考えていると、キュッと下腹部が痛んだ。
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