私はあと何回、彼に恋をするのだろう 〜仕事とストレスと、そして恋と〜
プロポーズを交わしたのが、ほんの2時間前。
私たちは、婚姻届を手に区役所に向かう。

区役所そのものは既に業務を終えているため、時間外窓口に回った。

「こんばんは。これ、お願いします」

「はい。記載内容確認しますので、少しお待ちください」

私たちは手を繋ぎ、時間外窓口の廊下で待った。

書き間違いが、ありませんように・・。
このタイミングを、逃したくない。

「紗絵、帰ったらお祝いしよっか」

「え、お祝い?」

「急に決めたから、レストランとかそういう場所じゃなくて、うちで・・だけど」

「うん。クルマだから外じゃ蓮斗が飲めないし、買って帰ろう」

そんな話をしていると、『お待たせしました』と声をかけられる。
ふたりで窓口に向かった。

「問題ありませんので、受理しました。こちらが受理書になります。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


私は、坂本 紗絵になった。

この瞬間、私自身は何も変わらないのに、彼と家族になったんだ・・。

「紗絵」

彼が手を差し出す。

「行こうか。俺の大切な奥さん」

「うん!」


区役所の駐車場に停めていた車に乗り込むと、エンジンをかけずに彼が話し始める。

「紗絵」

「ん、なに?」

「俺、いままでたくさん患者さん見てきたのに、いざ自分が当事者になってみたら、全然どうしたらいいか分からなくて、辛かったよ。
でも、本当に辛いのは俺じゃなくて紗絵だから、なんて声を掛けたらいいのか、ずっとモヤモヤしてた」

「蓮斗・・」

もしかしたら、私よりもいろいろ知っている彼の方が、違う意味で苦しかったのかもしれないと思った。

「俺、紗絵にプロポーズされて、すごく嬉しかった。手術のこととか子供のこととか話したかったけど、紗絵に無理強いするんじゃないかって考えたら、結婚しようって言えなくて・・」

「・・・・」

「でも、家族になったから、これからはなんでもふたりで話して決めていこう」

「・・うん」

「あと・・前にも言ったけど、俺を頼ってほしい。誰にも遠慮せずに、そうできる存在になれたからね」


彼は助手席の私を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。
けれど重ねられた唇が、少し意図的な動きをする。

「お祝い・・やっぱりまた今度でもいい?」

「え? うん、いいけど・・」

「今夜は・・ううん、帰ったらすぐ奥さんを抱きたいから」

蓮斗ったら・・。
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