私はあと何回、彼に恋をするのだろう 〜仕事とストレスと、そして恋と〜
手術当日の朝は、窓の外が綺麗に晴れていて、青空をまぶしく感じた。

前日の夜は緊張して眠れないかと思っていたけれど、少し難しい本を開いていたこともあって、割とすぐに眠気がやってきた。


「おはよう、紗絵」

「蓮斗、ありがとう、来てくれて」

手術室への移動の時、彼も入り口近くまで付き添ってくれると言っていた。
コンコンコン、とドアがノックされた後、ガラガラっと病室の扉が開き看護師さんが入ってくる。

「坂本さん、そろそろ移動しましょうか」

「はい」

普段は手術室には近づかないから、場所も分からず、看護師さんに誘導されるままについて行く。
いつの間にか、手術室の入り口まで来ていた。

「それじゃ、ご主人はここで・・」

「はい。・・紗絵、何かあったらすぐ来るし、終わったら、すぐ会いにいくから」

「うん。また後でね」

そっと彼の手を握ると、ぎゅっと握り返してくれた。


手術担当の看護師さんに案内された手術室は、明るくて、暖かかった。
何人ものスタッフが、私のために準備をしてくれている。

まるで人ごとのように、私はその景色をながめていた。

「坂本さん、横のステップから手術台に上がってください。足元、気を付けてくださいね」

手術室の看護師さんに声をかけられ、手術台の周りを見渡す。

手術台って、ベッドみたいに幅が広いわけじゃないんだな。
踏み台のようなものを使って、自分で手術台に上がるんだ・・。
よくテレビで見る、何人ものスタッフが『イチ、ニ、サン!』で移してくれるわけじゃないんだな。

手術台の上に横たわり、そんなことを考えていた。

「じゃ、麻酔の準備をしていきますね」

いよいよ・・か。

ここからはもう、指示通りに体勢を変えたり、何か薬剤を使った後の具合を問われたりした。

そして、ついに口元に全身麻酔のマスクがあてられ、呼吸が少し苦しいなと感じた瞬間から、もう、何も覚えていなかった。
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