冷血公爵様が、突然愛を囁き出したのですが?
 次の日。

「公爵様、失礼致します」

 部屋のノックと共に控えめな声が聞こえた後、しばらくして部屋のドアが開いた。
 
 この部屋を誰かがノックするのはいつぶりだろうか。
 腰まで伸びた亜麻色の髪を揺らせながら、彼女は少し緊張する様な面持ちで、部屋の中へ入ってきた。
 窓が開いていたからだろうか。部屋に入り込んできた風が、心地良い温もりとなって僕を撫でた。

 背を伸ばし、上品な足取りで僕のいるベッドの前まで来た彼女は、しゃがみ込むと、若葉の様な新緑色の瞳を僕に向けた。

「公爵様、お久しぶりです。マリエーヌです」

 マリエーヌ……そうだ。確かにそんな名前だった。彼女は僕の結婚相手で僕の妻だ。

「今日から公爵様のお世話をさせていただく事になりました。どうぞよろしくお願い致します。もうすぐ食事を……いえ、その前に体を綺麗にした方が良さそうですね。少しだけお待ちください」

 僕に優しく微笑みながら話しかけると、マリエーヌは部屋から出ていった。

 僕の体はもうずっと前から悪臭が酷い。何日も体を拭かれていないせいもあるが、体のあちこちに出来た床ずれが悪臭を放っている。適切な処置も受けられていないせいで痛みも増すばかりだ。
 
「旦那様、おまたせしました」

 お湯や大量のタオル、着替えなどを用意したマリエーヌは、僕の顔を濡れたタオルで拭き始めた。

 暖かい……。

 体の体温よりも少し温度が高いくらいの暖かさ。
 絶妙な温度に調整されたタオルで拭かれるのは、なんとも気持ちが良かった。
 今までの使用人は、少しお湯を足した程度のぬるま湯を使用していた。
 そのせいで、拭いた後はすぐに体が冷えて寒くて仕方がなかった。
 
 マリエーヌは暖かいタオルで拭いた後、すぐに乾いたタオルで肌に残った水分を丁寧に拭き取ってくれた。
 タオルの暖かさと、その細かな気遣いに、冷えきっていた僕の心まで温められた様な気がして、泣きそうになった。
 自分よりも一回りは体格差のある僕を、マリエーヌは一人で手際良く、丁寧な動作で体の隅々まで綺麗にしてくれた。
 体のあちこちに出来ていた床ずれも念入りに洗い流し、薬を塗ってくれた。

 その後の食事も、マリエーヌは一つ一つ何の料理か教えてくれながら、僕の口元へ運んだ。
 僕が口を開けようとしなかったら、「これは嫌いなんですね」と言ってスプーンを下げ、無理に食べさせようとはしなかった。
 体が不自由になってからは、常に空腹感があった僕のお腹は、この時初めて満たされた。

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