冷血公爵様が、突然愛を囁き出したのですが?
 それから、マリエーヌは毎日僕の部屋へやって来て、僕の世話に尽力してくれた。
 何日、何ヶ月経っても、マリエーヌの僕への接し方は変わらず、どんな時も常に優しく温かかった。
 
 『屋敷の金を使い込んでいる』
 『男遊びが酷い』

 彼女の事をそんな風に言っていた使用人達の言葉は、根拠のないでっちあげだったのだと悟った。
 
 今の僕に、どれだけ媚びを売っても何の効力もない。
 だけど彼女は、何の見返りも求めず汗を流しながら、一日も休むこと無く、僕の世話をしてくれている。

「公爵様、今日は天気が良いですよ。少しお散歩に行きましょうか」
「公爵様、中庭の花が綺麗に咲いてました。少し摘んできたので、お部屋に飾っておきますね」
「公爵様、この洋服とても素敵ですね! 今日はこれを着ましょうか」
 
 何の反応もない僕に、マリエーヌは沢山声をかけてくれた。
 彼女の口から紡がれる何気ない言葉の数々が、今の僕には嬉しくて仕方がなかった。
 
 空が晴れているのがこんなに嬉しいと思える事も。
 どこにでも咲いている様な花が、こんなにも綺麗で美しく思えるのも。
 少しでも良い服を着て身なりを整えたいと思うのも。
 
 全て、マリエーヌが側にいてくれるからだ。
 
 マリエーヌは僕の女神だ。
 彼女の手は救いの手だ。
 先の見えない闇の中にいる僕に差し伸べられた、唯一の光だ。

 それなのに、僕は彼女の名前すら一度も呼んだことがない。
 
 名前を呼んで、感謝を伝えたい。
 彼女の喜ぶ顔が見たい。
 彼女を幸せにしてあげたい。
 
 どれだけ切望しても、今の僕には彼女を幸せにする事なんて出来ない。

 僕が彼女の為に出来る事……それは――

 
 僕が死んで、彼女を解放させてあげることだ。


 
 それから僕は食事を拒絶するようになった。

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