冷血公爵様が、突然愛を囁き出したのですが?
 食事を摂ろうとしない僕に、マリエーヌは「今日は食欲が無いんですね」と、無理に与えようとはしなかった。
 だけど三日経った所で、なんとなく僕の意図に気付いた様だった。

 彼女は食事を中断して、僕を車椅子に乗せて、中庭へと連れて行った。
 天気が良い日は彼女と中庭で食事をする事があった。
 
 ここなら食べるだろうと思って来たのだろうか?でも僕は――

「公爵様が今、死にたい程辛い思いをしているのであれば、私にそれを無理に止める権利はありません」

 マリエーヌの口から飛び出した言葉に、動かない体がビクりと反応した気がした。
 だけど、違う。そうじゃない。僕が死のうとしている理由は――

「だけどもし、公爵様が万が一にも私の事を思って死のうとしているのなら、それは余計なお世話です」

 再び僕の体が跳ねた様な気がした。
 どうしてマリエーヌはこんなにも、僕の気持ちに気付いてくれるのだろうか。
 僕を見つめる彼女の表情はどこか寂しそうで、その頬には涙がつたっていた。

「公爵様が死んだら、私はまた一人ぼっちになってしまいます。食事が美味しく感じるのは、一緒に食べてくれる人がいるからです。天気が良い事がこんなに嬉しいのは、一緒に外の散歩を楽しんでくれる人がいるからです。公爵様が居てくれるから、私は毎日が充実していてとても幸せなのです。だから私は公爵様が死んでしまったら、とても悲しいです。そのことだけは、どうか覚えていてください」

 その言葉から、僕は彼女がこれまで屋敷の使用人達にどんな扱いを受けていたのかを悟った。
 だがそれは恐らく、僕が彼女に冷たく接していたから起きた事だ。
 それなのに、彼女は僕が死んだら悲しいと言う。
 僕が生きている事が幸せだと言ってくれる。
 彼女はこんな僕を、ちゃんと人として見てくれている。
 
 気付くと僕の頬にも涙がつたっていた。
 それを彼女はハンカチで優しく拭ってくれた。

 マリエーヌが生きてほしいと言うのなら、僕は彼女の為に生き続けたい。
 彼女が僕を許してくれる限りは……。
 
 僕は三日ぶりの食事を噛みしめる様に食べ始めた。
 
 マリエーヌはやはり女神の様な人だと、まるで神を崇めるかの様に彼女を尊い存在だと思った。



 
 だが――本物の神はあまりにも無慈悲だった。

 

 
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