冷血公爵様が、突然愛を囁き出したのですが?
 その公爵様が、何であんなに必死になって私を探しているのか、全く見当がつかない。
 何か怒らせる様な事をしたのかしら?
 身に覚えはないけど、少し怖い。いや、やっぱり凄く怖いわね。
 
「マリエーヌ‼」

 ダァンッ! と音を立てて、私の部屋のドアが物凄い勢いで開かれた。
 私はビクッと肩を跳ねらせ、とっさにドアに背を向けた。
 恐怖と緊張でドキドキと心臓がうるさく音を立てる。
 とりあえず深呼吸して気持ちを落ち着かせる事にした。
 
 もしかしたら、この屋敷から出て行けって言われるのかしら?
 だけどそれもいいかもしれない。
 ここで公爵様や使用人達から冷遇された生活を死ぬまで続けるよりも、ずっと良い人生を歩める気がする。
 
 よし、覚悟は決まったわ。
 
「はい。お呼びでしょうか、公爵さ――」

 私は開き直る様に笑顔を作って振り返り……その光景を見て声が詰まった。

 白銀色の髪を乱し、ハァハァと息を切らした公爵様が、なんとも切なそうな表情で目を見開いて私を見つめていた。
 開いた口元はただ震えるだけで、何の言葉も発してこない。
 ルビーの様な深い赤色の瞳が揺らいだかと思えば、ポロポロと大粒の涙が流れ出した。
 
「あ……あ……。マリ……エーヌ……ほんとに……君……なのか……?」

 旦那様は一層切なそうに眉を寄せて、絞り出すような声を出しながら私に手を伸ばしてきた。
 (すが)る様なその姿に、見ているこちらの方が胸を締め付けられた。

 公爵様のそんな姿なんて、一度も見た事は無い。
 他人に隙なんて見せ無い。周りは全て敵だと思っている様な……そんな公爵様だから。
 それなのに、こんなに涙を流している姿を人前に晒しているなんて。
 何かよほどショックな事があったのかしら? もしかして私のせいで?
 
 って、いけない。ボーっとしてる場合じゃないわ。

 私は開いていた口をグッと閉じ、気が抜けていた表情を引き締めた。
 そして公爵様の目の前まで駆け寄り、深々とお辞儀をした。

「はい。正真正銘のマリエーヌでございます」

 というか、公爵様って私の顔も知らなかったの……?
 一緒に住み始めて一年になるのに?
 でもありえるわね。今まで私とまともに目を合わせてくれた事なんてなかったのだから。

 それはともかく、屋敷を追い出されるだけならいいのだけど、私が何か大きな失態をしていて、その代償を払えと言われたらどうしよう。
 
 震える手のひらをグッと握りしめて、私は旦那様の言葉を静かに待った。
 とりあえず、謝る準備はしておいた方が良さそう。

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