冷血公爵様が、突然愛を囁き出したのですが?
「あーもー重たいな! くそっ!」
 
 食事の時間に、僕をベッドから起こして椅子に座らせた使用人が、僕が座る椅子を蹴りあげ暴言を吐いた。
 あの日から、使用人が僕の身の回りの世話をし始めた。最初は丁寧に接してくれていたが、それも長くは続かなかった。
 三日後にはだんだんと口数は減り、笑いかけてくれる事も無くなった。
 更に一週間後。僕の仕事を引き継いだ弟が自分の屋敷に帰ってからは、使用人達の態度は激変した。
 不機嫌さを剥き出しにして、暴言や不満を僕に巻き散らす様になっていた。

 朝、ノックもなしに男性の使用人が部屋に入ってきた。
 何の声掛けも無く、無理やり起こされた僕は、すぐに食事を食べさせられた。
 喉が渇いているのに、いきなり口の中にペースト状の何かをスプーンで押し込まれる。
 その風味から、それが人参だと分かった。
 なかなか飲み込めず、まだ口の中に残っているのにも関わらず、再び同じ物を乗せたスプーンが口元に迫ってくる。
 
「ほら、早く食えよ」

 僕は昔から人参が嫌いだった。口に入れただけで、吐き気をもよおした。
 男は苛立ちながら、それを無理やり僕の口の中に押し込んできたが、たまらず僕は口の中の物を吐き出した。

「うわぁ! あーもーきったねぇなぁ! 食べる気がないならさっさと言えよ!」

 僕を罵倒し終えると、男は舌打ちすると残った食事を持って部屋から出て行った。
 椅子に無造作に座らされたまま、服は吐き出した食べ物で汚れっぱなし。口元もベトベトで気持ち悪い。喉もカラカラだ。
 
 だけど今の僕にはそれらをどうする事も出来ない。

 惨めだ……情けない……。
 
 僕の雇っている使用人達は皆、選りすぐりの貴族令息と令嬢だ。
 彼らには相応の報酬を与えているし、仕事量も多くは無い。それなりに手厚く待遇していたはずだ。
 僕がこんな体になる前は、確かに誠意をもって接してくれていた。
 
 それなのに――声が出せない、体が動かせないというだけで、人はこんなにも態度が変わってしまうのか。

 いや、僕も同じだ。
 僕は自分に有益をもたらす人間以外、人とも思っていなかった。
 生きている価値のない、無能な奴らだと蔑んでいた。
 利用出来る人間ならば利用する。だが、どんな相手でも決して弱みを見せてはいけない。
 僕をこの地位から引きずり落とそうとする者達は何万といるのだから。
 
 誰かに優しくした事はない。
 する必要も無いと思っていた。金があればヘラヘラと媚びを売って来る奴ばかりだから。
 例え周りが敵ばかりになろうとも、それを押し返す程の力と財力はあったはずだ。
 
 それなのに……今は自分に仕えている使用人にすら好き放題にされ、抵抗する事すら出来ない。
 
 今の僕のこの状況は、今までの自分の行いが招いた報いなのだろうか――

 

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