隣人さん、お世話になります。
翌朝、片桐さんは盛大にくしゃみをした。


「ぶわっっくしょんんんっっ!!」

その上、鼻を啜ったりいつもより厚着をしているように見えて、これは明らかに、

「風邪引きましたよね?」
「……………いや」
「こっち向いてください!」
「うわっ」

机に向かってこっちを見ない片桐さんの肩に手を置き無理矢理こっちに向けて、コツンとおでこに当てた。

「んなっ、ななにして?」
「んー、ちょっと熱い気がする。顔も赤い」
「あー、これは……」
「体温計は?」
「ない。俺風邪引かないから」
「じゃあ買ってきます。ついでに身体に良さそうなもの買ってくるんで、片桐さんは仕事を休んで布団に寝てください」
「え、いいいい! ちょっとダルいくらいだから」
「それ風邪の初期症状じゃないですか。今ちゃんと寝てないと後がしんどいから、ほら早く!!」
「ええぇ」
「ええぇじゃない!」


布団に寝かせて目元だけを出して訴えてくる片桐さんに、ちゃんと寝ているように釘を指した。
放っておくとずっと絵を描いてるんだもん。夢中になるのはいいけど、こんな時は……というかこれは私のせいなんだから悪化する前にしっかり休んでほしい。


「ごめんなさい。私のせいで」
「……君のせいじゃない。ごめん、実は昨日帰ってすぐに風呂入らなかったんだ。ついつい絵のアイデアが浮かんじゃって」

コホコホと咳をして、「あー、プリン食べたいかも」と顔を腕で覆った。


「買ってきます! プリン!待ってて!」
「ふはっ、危ないから慌てないで」


こんな時まで私の心配。ほんと優しすぎる人。キュッと胸が締め付けられる。
ああ、苦しい…… 私まで熱が出ちゃいそうだ。


「ただいま帰りましたー」と、戻ってきてドサッと袋を落とした。
出掛けた時には確かに布団に入っていたはずの片桐さんが、何故か台所の方へ手を伸ばして倒れていたから。

「片桐さん!?」

慌てて駆け寄って抱き起こすと、とんでもなく身体が熱かった。
一気に体温が上がったんだ。

「片桐さん、布団っ」
「うっ……っはぁ、」

引き摺るようにして布団に寝かせれば吐く息が熱い。
薬も無いかと思って買ってきて良かった。玄関に戻って袋を漁り薬を取り出して、流しでコップを持って水道の蛇口を捻る。
ゴポゴポと溢れそうになりながらコップと薬を持って片桐さんの元へ戻って、「薬飲んで」と上半身の下に足を差し入れ頭を持ち上げて薬を口に運んだ。
無理矢理口を開けさせて錠剤を押し込み、それを水で流し込む。


「っ、ん…」
「片桐さんっ、片桐さんっ」

どうしよう。触れてるだけでも相当熱が上がってるのが分かるし、身体も震えてる。

「救急車っ……」
「だい、じょうぶ……っ、それより、傍にいて……」


いつになく弱々しい声に不安になって、伸ばされたその手を握り締めた。
ごめんなさい、私のせいで。と心の中で何度も何度も謝った。
寒いのかな、ずっと震えてる。
もう春で薄手の布団だし、寒いってことはまだこれから熱が上がるのかもしれない。
お願い、元気になって。
そう願いを込めて、片桐さんの眠る布団に私も潜り込む。
こんなことくらいしか出来ない。震える身体をギュッて抱き締めて、少しでも暖めるくらいしか。

「片桐さん……」

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