男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される
 ジークハルトが舞踏会でケーキを食べたのは、もう数年も前の話だ。

 女性酔いがひどく、普段は会場で口にしたくはないほどだった。

 しかし隣にいるエリオの口内で、ケーキが柔らかくほぐされていく様を考えると――普段はなんとも思わないケーキが、あの時はとても甘く感じたのだ。

 彼がフィサリウスに連れ去られた時は、強烈な不安感に駆られた。

 強い魔法使いだという認識で失念していたが、フィサリウスが簡単に運び去れるくらいにエリオは小さい。

 思わず、ローブの上から抱き締めた腰は、驚くぐらい細かった。

 控えめな甘い香りが鼻について、この腕の中にいる間は他の誰でもない自分の治療係だと安心できた。

(この腕に、すっぽり収まりそうだな)

 自分の周りをくるくると歩く愛らしいエリオを見て、ふとそんなことを思った。
 ちゃんと抱き締めてみたくなった。ご褒美をくれるなら、それがしたいと願った。

 正面から改めて抱き締めてみた身体は、想像していた以上にあっさり腕で囲えてしまえて、ジークハルトは言いようのない充実感が込み上げた。
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