【短】甘く溺れるように殺される。
結婚してるなんて、そんな現実は入社した時から知っていた。
なのに…私は初めて視線を合わせた時に、一瞬にして恋に落ちてしまった。
でも、それはけして叶わない想いだから…。
絶対に表に出さないようにしていたのに、とある案件を終わらせた慰労会の席で、隣に座った彼に捕まってしまったんだ。
『綾瀬さんて、綺麗な髪してるよね』
今まで、そんな事を言われて来なかった私は、それだけで有頂天になった。
アルコールも少し入っていたせいかもしれない。
気付いたら、二次会メンバーとは離れた場所に立ち尽くしていて…私はなんの誘いの言葉もなく…ビルの死界に連れ込まれて、彼の腕の中に収まっていた。
一度だけ。
そう心に決めていた。
でも、彼が与えてくるキスが、あまりにも優しくて心地良くて、ずるずるとこんな関係を続けてしまっているわけだ。
虹子…と名前を呼ばれれば、身体が何時でも甘く疼いて、それだけで甘美の坩堝に堕ちてしまうから。
「はあー…」
パソコンに向けられた瞳は、私と二人きりなると色が変わったように、獰猛な熱を孕む。
それでも…。
その薬指に鈍色に光るリング。
それは、彼女との幸せを誓った日々の積み重ねで、その分寄り添った証。
けして、私には与えられない永久の、約束。
神の目の前にさえ、顔を向ける事が出来ないそんな関係を、何時まで続ければこの人の気は済むんだろうか…。
彼の帰る場所で、ずっと待っている彼女の余裕と、優越感が垣間見れて、深く傷付く。
今日こそは、別れを…。
と、意思を固めて逢いに行くのに、それ以上に熱を孕んだ瞳に胸に腕に灼かれ、今夜も私は彼の背中にしがみ付く。
この想いをどうにかして彼に移したくて…。