【短】甘く溺れるように殺される。
金曜の夜は、彼と密会を愉しむ様になってから、キラキラのダイヤモンドを散りばめたような…そんな時間だった。
…最初の頃は。
接吻を交して、どちらからともなく舌を絡めて、服を脱がし合って、息も絶え絶えになった頃、彼は必ず私の名前を呼ぶ…。
「虹子…」
と。
快楽の直線上で揺さぶられている私に、それは全身を麻痺させる媚薬でしかなくて、飲み込んだ彼への想いを、シーツの中に縫い止められた腕に力を入れる事で、なんとかやり過ごし…涙に濡れた瞳で彼を最大限に飲み込んでいく。
早く、私を貴方の中に取り込んで…と。
その心臓の奥深くに、閉じ込めて離さないで…と。
どれたけ溺れて行けば、この愛はピリオドを打てるのでしょうか?
もう、疲れてしまった。
それなのに離れなれないのは、傷付いたとしても彼をまた愛してしまうから。
それだけ、私にとって彼が特別だから…。
この胸に引き千切り、貴方への愛を目の前に差し出す事が出来たら…きっと貴方は現実を受け入れてくれるのかもしれない…。
何もかもが、嘘で固められたマボロシなんだと。
「…随分と、今夜は大人しいんだな」
「そういう時もあるわ。その方が刺激的でしょう?」
シャワーを終えて、戻って来た彼が窓の外をジッと見つめていた私へと声を掛けてきた。
何時もならば一緒に入るはずのバスタブも、今日は止めにした。
とても、そこで抱かれる気にはならなかったから。
ぱきんっ
私はミネラルウォーターの蓋を開けながら、彼が燻らすタバコを取り上げ、その頬にキスをした。
「何?今夜はソレも吸いたい気分なのか?」
「…そうね。何もかも吐き出したい気分だわ…」
ふぅー…
紫煙を肺の奥深くまで吸い込んで、吐く。
私のじゃない、苦いタバコは今の私の心境を表しているようだった。