【短】甘く溺れるように殺される。

「虹子、今度二人きりで旅行に行かないか?」

「……嫌よ」

「どうして…?」

「晃司は、自分の立場ちゃんと理解してるの?」

「そりゃあ…」

「じゃあ、余計に却下ね」


またタバコを燻らせ、私はその紫煙の行方を追いながら、空っぽの顔をして機械的にそう答えた。


想いは叶わない。

口にしたら余計に…粉々に砕け散るだけ。



それなのに、彼は何を察したのか、私の腰を引き寄せてこめかみにキスをして私の全てを懐柔しようとしてくる。


「俺はお前と居たい」


「無理よ…」


「どうして?」


勿論、今更別れる気なんてサラサラない。
たとえ、彼の奥さんを傷付けようが、社会的地位を失ってでも…。


だけど…、欲しい物がこの手に永遠に入らない事を痛いくらいに知っているから、私からはもう求めない。


瞳を閉じたまま、透明な愛の言葉を空気に混ぜ込んで、私はこれからも、貴方を愛す。



ねぇ…。

その手で、甘く抱いて、何時か…この冷めやらぬ興奮の坩堝に溺れたまま、私の心を殺めて?



それが、二人のきっと、愛の終幕だから。


「愛しているよ」

「私は貴方のものよ」

「愛しているよ」

「私もよ…」


幾重にも絡まっていく、フェイク。

私を口説いたその口唇で、彼女にもキスをするのでしょう?


数え切れない、愛を語っても…比較対象が必ずそこにはあって、何もかもを束縛する事は赦されない。


摩耗していく心を抱えて、流す涙はきっと彼には見えない。

もしかしたら、今頃彼女も同じ様な涙を流しているのかもしれない。


それなのに、自分の欲望を吐き出す為だけに、人の心を鋭利な刃物で刺してゆく貴方は…罪深き存在。


そんな男に捕まった、私はもう…逃げられない。

だから、傷を隠して…今夜も貴方を受け入れましょう。

この身深く。


彼女の分も…。


Fin.

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