王太子の婚約者は、隣国の王子に奪われる。〜氷の公女は溺愛されて溶けていく〜
一曲終わると、カルロはシャレードを離し、さっさとお気に入りの男爵令嬢のもとへ行った。相変わらず、シャレードの立場など考えはしない。
カルロが彼女を蔑ろにするのはもう何年も前からだ。
シャレードが、好奇心、同情、冷笑、それらの視線を浴びるのはいつものことだった。
それでも、気分がよいものではなく、彼女はそっと溜め息をつき、壁際に向かおうとした。
そこへ褐色の手が差し出された。
「踊っていただけませんか?」
目線をあげると、ラルサスが微笑んでいた。
垂れた目は細められ、柔和な表情ながら、その翠の瞳は先ほどの熱量を維持したままだった。
──この手を取ってはいけない。
なぜだかそんな気がして、シャレードはためらった。しかし、断る理由もなく、彼に恥をかかせるわけにもいかず、「喜んで」とラルサスの手に自分の手を重ねた。
ジン……。
心地よい痺れが走ったような気がして、シャレードは手を引っ込めそうになるが、その前にラルサスにやわらかく掴まれる。
「ありがとう」
笑みを深めたラルサスは一礼すると、シャレードの腰に手を回した。
音楽が始まり、二人は踊りだした。
「ダンスがお上手なのですね」
彼のリードが踊りやすくて、シャレードは感心した。すると、ラルサスは甘やかに微笑む。
「そうですか? それはうれしい。私の国にはこうして踊る習慣がないので、必死に練習したのです」
「そうとは思えないほど、お上手です」
「それはあなたがうまくリードしてくれるからです。ありがとうございます」
「いいえ、私も踊りやすいです」
自分勝手なリードのカルロに比べ、ラルサスはシャレードを気づかい、うまく誘導してくれる。
ポツポツと会話を交わしながらも、二人は惹きあうように、ひたっとお互いを見ていた。
シャレードがターンをした瞬間、その瞳と同じ水色のドレスがふわりと広がり、花が咲いたかのような可憐さに、ラルサスは息を呑んだ。
その彼女を腕の中に引き寄せ、くるりと回転させ、ラルサスはその様子を楽しむ。
息が合うという言葉どおり、ラルサスとシャレードは美しく踊った。
(ダンスが楽しいなんて、久しぶりだわ)
そう思ったシャレードだったが、曲が終わると、何事もなかったかのように、すっとラルサスから離れていった。
一人になった途端、他の令嬢たちに取り囲まれながらも、ラルサスはシャレードを目で追った。
『おいおい、本気なのか?』
『…………』
答えないラルサスに、フィルは人間くさいしぐさで肩をすくめた。
そして、なにを思ったのか、ふわふわ飛んでいき、シャレードの周りをぐるぐる回って、戻ってきた。
『なにをしていたんだ?』
『ラルサスが気に入った女の子の観察』
『それでなにがわかったんだ?』
『綺麗な子だなってことと、その割に表情が乏しいってことかな。あと、見事に壁の花』
『それはそんなに近づかなくてもわかるだろ』
ちょっと面白くないようなラルサスに、フィルは笑った。
『え、なになに? 僕にヤキモチ焼いてるの?』
『別に』
群がる令嬢たちに、にこやかに対応しながらも、シャレードが誰からも誘われずに、グラスを片手にひとり佇んでいるのが彼も気になってはいた。
一方、カルロは次々と可愛らしい令嬢を捕まえて、ダンスをしている。
(婚約者をこんなふうに放っておくなんて)
ラルサスはシャレードのために再び憤った。
(もう一度ダンスに誘ってもいいだろうか?)
しかし、婚約者でもない女性と続けて踊るのは、マナーに反すると習った。
(ダメか……)
残念に思いながらも、ラルサスは思いとどまった。
ダンスに誘ってほしそうな令嬢たちに囲まれているのに、ラルサスの瞳はシャレードのことしか映していなかった。
カルロが彼女を蔑ろにするのはもう何年も前からだ。
シャレードが、好奇心、同情、冷笑、それらの視線を浴びるのはいつものことだった。
それでも、気分がよいものではなく、彼女はそっと溜め息をつき、壁際に向かおうとした。
そこへ褐色の手が差し出された。
「踊っていただけませんか?」
目線をあげると、ラルサスが微笑んでいた。
垂れた目は細められ、柔和な表情ながら、その翠の瞳は先ほどの熱量を維持したままだった。
──この手を取ってはいけない。
なぜだかそんな気がして、シャレードはためらった。しかし、断る理由もなく、彼に恥をかかせるわけにもいかず、「喜んで」とラルサスの手に自分の手を重ねた。
ジン……。
心地よい痺れが走ったような気がして、シャレードは手を引っ込めそうになるが、その前にラルサスにやわらかく掴まれる。
「ありがとう」
笑みを深めたラルサスは一礼すると、シャレードの腰に手を回した。
音楽が始まり、二人は踊りだした。
「ダンスがお上手なのですね」
彼のリードが踊りやすくて、シャレードは感心した。すると、ラルサスは甘やかに微笑む。
「そうですか? それはうれしい。私の国にはこうして踊る習慣がないので、必死に練習したのです」
「そうとは思えないほど、お上手です」
「それはあなたがうまくリードしてくれるからです。ありがとうございます」
「いいえ、私も踊りやすいです」
自分勝手なリードのカルロに比べ、ラルサスはシャレードを気づかい、うまく誘導してくれる。
ポツポツと会話を交わしながらも、二人は惹きあうように、ひたっとお互いを見ていた。
シャレードがターンをした瞬間、その瞳と同じ水色のドレスがふわりと広がり、花が咲いたかのような可憐さに、ラルサスは息を呑んだ。
その彼女を腕の中に引き寄せ、くるりと回転させ、ラルサスはその様子を楽しむ。
息が合うという言葉どおり、ラルサスとシャレードは美しく踊った。
(ダンスが楽しいなんて、久しぶりだわ)
そう思ったシャレードだったが、曲が終わると、何事もなかったかのように、すっとラルサスから離れていった。
一人になった途端、他の令嬢たちに取り囲まれながらも、ラルサスはシャレードを目で追った。
『おいおい、本気なのか?』
『…………』
答えないラルサスに、フィルは人間くさいしぐさで肩をすくめた。
そして、なにを思ったのか、ふわふわ飛んでいき、シャレードの周りをぐるぐる回って、戻ってきた。
『なにをしていたんだ?』
『ラルサスが気に入った女の子の観察』
『それでなにがわかったんだ?』
『綺麗な子だなってことと、その割に表情が乏しいってことかな。あと、見事に壁の花』
『それはそんなに近づかなくてもわかるだろ』
ちょっと面白くないようなラルサスに、フィルは笑った。
『え、なになに? 僕にヤキモチ焼いてるの?』
『別に』
群がる令嬢たちに、にこやかに対応しながらも、シャレードが誰からも誘われずに、グラスを片手にひとり佇んでいるのが彼も気になってはいた。
一方、カルロは次々と可愛らしい令嬢を捕まえて、ダンスをしている。
(婚約者をこんなふうに放っておくなんて)
ラルサスはシャレードのために再び憤った。
(もう一度ダンスに誘ってもいいだろうか?)
しかし、婚約者でもない女性と続けて踊るのは、マナーに反すると習った。
(ダメか……)
残念に思いながらも、ラルサスは思いとどまった。
ダンスに誘ってほしそうな令嬢たちに囲まれているのに、ラルサスの瞳はシャレードのことしか映していなかった。