王太子の婚約者は、隣国の王子に奪われる。〜氷の公女は溺愛されて溶けていく〜
「シャレードは私の国のことをよく知っているのですね」
「いいえ、ただ本で読んだことがあるだけです。ラルサス様こそ、この国の習慣のことをよく勉強されていらっしゃいます」
「留学する前に叩き込まれました。失礼があったらいけないですからね」

 話しながら歩く庭園は、心地よい風がそよぎ、花の香りが漂っている。
 丁寧に手が入れられている花壇には、青や紫、赤、桃、黄色……様々な色彩の花が咲き乱れ、目を楽しませてくれた。
 ラルサスは遠国には大使として訪問したことがあっても、このファンダルシア王国は隣国だけになにかあれば、父王か兄が向かい、訪れる機会がなかった。
 こうして景色を眺めるだけでもこの国の豊かさを感じる。

「このように幾種類もの花をいっせいに目にするのも初めてです」

 楽しげに笑みを浮かべたラルサスにつられて、シャレードも頬をゆるめた。
 その表情は花よりも美しいと、ラルサスはひそかに思った。
 フィルも花壇が気に入ったようで、ミツバチのように、花から花へと移っていって、その香りを味わっているようだった。

(そういえぱ、シャレードも花の香りがする)

 ダンスをしたとき、今のように肩を並べているとき、ふっと彼女から、さわやかで甘い香りが漂った。
 ひかえめなその香りはラルサスの鼻腔をくすぐり、胸を満たした。

 ラルサスの国は砂漠が多く、オアシス以外ではこんなに木や花を目にすることがない。
 ラクダやロバ、羊を飼って、遊牧生活を送る者が多く、国家事業としては、鉱物採掘に力を入れ、外貨を稼いでいる。最近、この鉱物の需要が伸び、彼の国も富んできているが、この国の豊潤さとは比べ物にならない。
 王立学院だからそれなりに豪奢に作られているのだろうが、植栽だけでなく、惜しみなく水を噴き上げる噴水やカスケードを見て、自国とはまるで違うとラルサスは思った。
 こうした文化の違いを感じることができるのが留学の醍醐味だなと、ラルサスは目を細めた。

「そろそろ戻りましょう」

 時計を見たシャレードが声をかけた。
 そぞろ歩いている間に、午後の授業の時間が迫っていた。
 名残り惜しそうなラルサスに、「中庭は逃げません」ときっぱり言い、シャレードは急かした。
 その言い方をおかしく思い、ラルサスが笑うと、シャレードはしまったと恥ずかしくなった。
 カルロを急かすくせがついていて、つい同じように言ってしまったのだ。
 ラルサスは気にする様子もなく、シャレードはほっとした。

「授業が終わったら、残りの校内を案内してくださいね」

 教室に入る前に、ちゃっかり約束を取りつけるラルサスだった。
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