甘いものが嫌いな後輩くん
「え、内定を蹴って東京に行く?」
「本当にごめん!」
進学先の決まっていた私と就職が決まっていた夏希とでまた一緒に二人で住む予定でアパートの更新もしたばかりだ。
「や、やりたいことができたの。これはチャンスなの! ごめんね、まり!」
親友の夢を応援しないわけにはいかず、私はただ笑顔で「頑張って」と言って彼女を送り出した。しかしそれは表の顔だ。本音を言えばもっと早く言ってくれたら、と何度も思った。
今まで半々で支払っていた家賃を一人で負担しなければならなくなったことが想像以上に大変で、それに加えて急に一人になった寂しさを埋めるようにバイトの時間を増やした。
そんなある日、家に帰ると閉めたはずの玄関のドアが開いている。疲れのあまり部屋を間違えたか、と慌てて部屋の番号を確かめるが間違えてはいない。
ーーーー空き巣。
一瞬よぎった考えに慌てて110番に連絡をしようとした矢先、家の中にいた男と目があった。
「あ」
やばい、と思ったのも束の間。男の口から出た言葉に耳を疑った。
「伊藤先輩?」
「え?」
「あ、はじめまして。夏希の弟の春です。今日からよろしくお願いします」
「え?」
「え?」
姉から聞いてませんか?と続ける弟くんに私は慌ててスマートフォンを取り出しメッセージアプリを遡る。一つ下の弟が居ることは知っていたが確か寮から通っていると聞いていた。
「あ」
ここ数日忙しくてメッセージを返すことも忘れていた。というのは言い訳だ。本音を言えばあまりに自分勝手な親友にほんの少しうんざりして内容に目を通していなかった。その内容をゆっくり見返していく。そこにはただ簡潔に『4月からうちの代わりに弟が住むからよろしく!』と書いてあった。
「やっぱり迷惑ですよね。すみません」
「あ、いや、私こそごめんね。確認不足で」
こんなことなら部屋をもう少し片付けておいたのに。リビングに干したままの洗濯物にもうんざりした。
そんなこんなで突然増えた同居人に戸惑いながら私の大学生活は幕を開けたのだった。