甘いものが嫌いな後輩くん
「ただいま」
「おかえり」
息を切らして帰ってきた弟くんの両手に下げられたレジ袋。
「すぐ作るので期待して待っててくださいね。先輩」
丁寧に手を洗い食材を取り出していく。一体何を作るのか、ソファからそっと眺めてみる、はずだった。
「ちょ、ちょっと待って」
開始早々、包丁を持つ手つきがあまりにも危なく黙って見てはいられずに声をかける。
「えっと、その……料理、出来るんだよね?」
「……ん」
「え?」
「……で、できません」
すみません、と謝る弟くんがまるで実家で飼っていたゴールデンレトリバーの怒られた時の仕草に似ていて思わず吹き出してしまった。
「先輩?」
「ごめんごめん。いいよ、私が作るよ」
久しぶりの食材にテンションが上がったのも事実だ。レジ袋の中にあるお肉や卵、野菜から推測するに作ろうとしていたのはカツ丼か何かだろうか。
「すみません」
「いいよ、いいよ。それで? このお肉はなににするつもりだったの?」
「トンカツです」
「トンカツね。了解」
まずは炊飯器にお米をといでセットする。こんな当たり前にやっていたことでさえ久しぶりに感じるほど自炊から遠ざかっていたことを実感してしまう。しかし作り始めるとやはり楽しい。あんなに億劫だった自炊が作り始めるとあっという間に作り上げてしまった。
熱々のトンカツをキャベツやトマトが更に存在を引き立てる。味噌汁もたくさんあった野菜やきのこを使い旨味がギュッと詰まった一杯に仕上がった。それに炊き立てのご飯。食欲が湧き上がってくるのを感じる。
「食べよっか」
「はい、先輩」
一緒に住み始めて1ヶ月。私たちははじめて二人で食事を楽しんだ。
「実は僕、ずっと姉のSNSの写真とかで先輩の作るご飯を見て食べてみたいって思ってたんですよ」
「あ、そうだったんだ」
すかさずごめんね、と言うと人差し指が口元に当てられる。
「先輩は本当にお人好しすぎです」
「そんなことないよ」
「そうやってすぐ謙遜して。悪い癖ですよ」
そういわれればそうなのかもしれない。いつからだろう。喜びも怒りも悲しみも、どれも面には出してはいけないと勝手に思いこんで感情を抑え込んで。周りに溶け込んで。
「片付けは任せてください!」
「うん。ありがとう」
陽気に鼻歌を歌いながら食器を片付けていく弟くん。その後ろ姿を眺めながら温かいお茶を片手にゆったりと椅子にもたれた。今日はなんだか心地よい。