甘いものが嫌いな後輩くん
その日は美容室へ寄って帰路へついた。高校生の頃からの行きつけの美容室だ。話慣れた店員さんと他愛無い話を楽しみ。軽くなった髪と心で気分も最高にいい。今なら何か、新しいことを始められそうな気がした。
「ただいまー」
「おかえりなさい。先輩」
シャワーを浴びたばかりなのだろうか。肩にタオルをかけ、パンツ一枚の姿で牛乳を飲む後輩くんに正直目のやり場に困ってしまう。
「あ。先輩髪切ったんですか」
にこにこと歩み寄る後輩くんを避けるように後ずさる身体。
「う、うん。最近暑くなってきたから」
「ふーん」
ドンっと背中が壁にぶつかり、そこに後輩くんの両手が突きつけられる。
「先輩」
「な、なに?」
まるで狼を前にした小動物だ。視界が涙で滲んでいく。後輩くんが怖いわけでは無い。ただ高鳴った気持ちが涙腺を刺激した結果だ。手を伸ばせば届くところにあるその腹部の誘惑にドキドキしていると予想の遥か上をいく質問に自分でも驚くような声が出てしまった。
「失恋ですか?」
「え?」
「いや、女の子が髪を切るのは失恋した時って聞いたことが」
「いやいやいや。そんなんじゃ無いよ! 大丈夫!」
必死すぎるほどに右手を振って否定するも後輩くんの表情はどこか浮かない顔色だ。
「先輩」
「んー?」
「彼氏、いるんですか?」
「へ?」
心臓がうるさい。
「居るわけないじゃん彼氏なんてそんな私なんか可愛くもないしなんの取り柄もなくてぶさいくだし」
そんな心臓の音をかき消すように早口で飛び出す言葉たちに後輩くんは苦笑しつつもほんの少し安堵の表情を浮かべている。
「良かった」
「え?」
「あ、その……ほら彼氏さんがいたら僕が一緒に住んでいたら誤解? されるかなと不安になって」
なんだ、そんなことか。
「大丈夫。その時は私が出ていくから」
そんないい後輩くんをまるで突き放すようなことしか言えない自分を思いっきり殴り飛ばしてやりたい。
「え、あ、あの。できたら出ていかないで欲しい……です」
いいこで、そしてかわいい後輩くんだ。
「出て行かないよ。まず彼氏なんてできないし」
「そうですか? 先輩、かわいいから」
「そういう佐藤くんだって実はモテモテなんじゃないのー?」
そう軽くおちょくってみれば耳まで赤く染まる後輩くん。
「ぼ、僕には……好きな人がいるので」
逃げるように自室へ帰っていく後輩くん。好きになった人に好きな子がいるのはほんの少し複雑な気持ちだ。