エデンの彼方でいつかまた
銀珠は冷たく男を見下ろす。

「この男は私の友人でもあるけれど、新しく提携することになったグループの、副会長をしているのよ。そしてこの店のオーナーでもある」

山吹女史は云った。

「春友 敬信(はるとも けいしん)。知っているわよね。あなたたち二人の、婚約祝いにも出席するはずだった人物」
「おいおい、勝手に紹介するなよ。名乗るほどでもないぜ、おれは」

ただの客だと決めつけていた学武が、目を見開いた。

「……は!? おまえが……!」
「だまれ、このバカ息子が!」

謎に包まれたデザイナーであり、グループ企業の副会長。
そんな人物だとわかり、学武と父親は更に額を床にこすりつけている。

「なによ、これ……」

拳を作った留乃の手が震えている。

「そんなわけない」

自分は裕福で憧れだと、誰もがひれ伏して常に中心にいた。
それなのに、そんな父親が土下座して赦しを乞うている。

婚約者の学武はケンカが強く、気に入らない相手も潰してきた。

その学武はあっさりと倒れ上司の顰蹙(ひんしゅく)を買い、職を失う立場にいる。

信じたくない事実だった。
その怒りの矛先は自分より弱い者……瑞希に向かう。

「そもそも、そこの泥棒女が悪いんじゃない! あいつのせいよ!」

瑞希はブレスレットを握りしめたまま、首を横にふる。

「ちがいます! わたしは忘れ物を届けようとしただけです! ポケットに入れたのは、手袋です」

必死に訴える。

「だいたい、なんであなたみたいなのが、こんなところにいるのよ」
「それは……」


ブレスレットを握り、もう言葉を発することをしなくなった。
云ったところで誰も自分を信じてくれない。
今まで、ずっとそうだったのだ。

「……」

それを見た敬信は口元に笑みを浮かべると、瑞希の細い肩を抱き寄せた。
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