エデンの彼方でいつかまた
「おれの妻が、どうかしたのか」
「……へ……!?」
敬信はさりげなく瑞希を後ろから抱きこみ、何か云おうとした口元を手で覆う。
「はあ? バカじゃない」
当然ともいえる留乃の呆れと疑いもなんのその、敬信はさらに続ける。
「シャイなんだ。顔出しはしない、おれと同じさ。そして、店のために健気に掃除をしてくれてたんだろうが……。なあ? ハニー」
敬信は口元を隠しながら瑞希の顔を上に向かせると、音をたてて口づけをした……ように見せた。
ギリギリのところで唇には付いていないが瑞希は紅潮し、硬直したままだ。
留乃は凄い形相で睨みつけている。
大きな手で口元を覆われたまま、瑞希は目を白黒させた。
なんでこんなことに……!
敬信は言葉もだせず硬直する瑞希を抱きしめたまま、立ち尽くす留乃と、土下座したままの男三人に顔をむけた。
「おたくらみたいなモラルのない連中は、客と思えんな。山吹社長に同情するね。今後を考えさせてもらう」
瑞希の肩を抱き、敬信は背中を向けた。
敬信の店を利用できなくなるということは、店を利用している客や取り引き先と商談や、やり取り全てができなくなるということだ。
ここを利用できるということは、それなりの信頼と信用がある、という証明にもなっていたからである。
無理やりねじこんだ息子の立場も消え
る。
「そ、そんな……!!申し訳ございません、ご慈悲を……!!」
「だめ、だ~め。ハニーを泣かせるヤツは赦さない」
怒りで身を震わせ拳を握りしめ睨み続ける娘を、父親は怒鳴り込みつけた。
「おまえも土下座しろ! 留乃!!」
「いやよ! 私がなにをしたっていうの」
敬信は歩みを止め神妙に頷く。
「そうだぜ、土下座っていうのは、それなりの権力を持ってるヤツがやるから、意味がある。おまえみたいなのにやらせたら、ただの弱いもの虐めにしかならないからな」
人を怒らせる才能。
そういうものも、この男は持ち合わせているようだ。
「なっ……!!」
「いいから、もう帰れ。二度とくるなよ」