エデンの彼方でいつかまた
ある距離まで走るとスマートホンを取り出し、電話番号の敬信の名前をタップする。

仕事中で忙しいだろう、出られなくて当然だ。
だが今の瑞希はそんなことを考える余裕もないほど、追い詰められていた。

長い呼び出しコールのあとで敬信が出る。

『瑞希、どうした。銀珠のところで何かあったのか』

敬信の大人で落ち着いた、優しい声。
それが怖く感じる。

「あの……嘘ですよね? 敬信さんがわたしの家の、実家の……借金の取り立て屋だったなんて。いきなりでごめんなさい」

敬信は無言だ。
それは肯定を意味する。

『……本当だ』

長い沈黙の後、敬信は云った。

『金のためなら、なんでもやる。だからグループの仕事はなんでもやった』

留乃の勝ち誇った顔が頭に浮かぶ。
と、同時に悲しさと虚しさが瑞希を襲う。

「そんな作り話に乗るなよって、云ってくれないんですね……」

留乃の調べたことが事実ならば、すべてに納得ができてしまう。
結局は自分は利用されただけだ。

『物作りが好きだった。だから夢だったアクセサリーデザイナーになって、やり直したかった』

瑞希に託したブレスレットは、敬信が足を洗い新たな道を踏み出す決意だったのだ。

「わたしが哀れで、かわいそうで……。敬信さんは罪滅ぼしのために、いえ、過去の口封じのために、わたしと偽装結婚したんですね」

何もない自分を、好きになってくれるわけがないのだ。

それでも敬信のために綺麗になる努力をしたり、がんばった。
優しい敬信にほめてもらいたかったから。


『違う。瑞希への気持ちは嘘じゃない』
「それも嘘ですか?」

瑞希の瞳から涙が零れ落ちる。
悲しい涙だった。

憧れのお兄さんは、自分を利用していた。
現実はそんなものなのかもしれない……。

「わたし、アパートに帰ります。夢をありがとう」
『待ってくれ、瑞……Ⅰ』

敬信が何かを云いかけたが、瑞希はそれを無視し通話を切る。

涙が止まらなかった。

どうしてだろう。
自分が一体、何をしたというのか。
塾をサボった、親に負担をかけた罰なのだろうか。

手先が器用で料理が上手で。
そしてあの腕っぷしの強さは、過去の出来事から身につけたもの。

それが自分の両親を苦しめていたなんて。

自分のアパートにたどり着いた瑞希は、ベッドに顔を埋め泣いた。

瑞希のいなくなったマンションで、敬信はスマートホンを耳にあてている。

「録でもない話だが、聞くだけ聞いておこうか」
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