エデンの彼方でいつかまた

正体

後日。
瑞希と敬信は春友グループ本社に二人で召集を受け、赴いた。

敬信が副会長を務める勤務先だ。

そこの最上階。
すべてが見渡せるフロアの一室に、その人物は待っていた。

「よかったわね、瑞希ちゃん」
「え! 東連地さん!?」

かつて働いていたビルで掃除をしていた中年が、デスクの無効でニコニコと笑っていた。

「あなたが辞めてしまって寂しかったけれど、またこうして会えて嬉しいわ」
「なんだ、ばあちゃん。瑞希のとこにいたのかよ」

敬信は広い肩をすくめ、瑞希は目を丸くした。

「お、おばあちゃん!?」

会長であった夫の亡きあと、彼女は会長の座に座り守っていたが……。

「もう疲れてしまったの。だから敬信にすべてを譲るつもりで、日本に呼びつけました」

瑞希のことを気に入っていた東連地婦人は
、孫の敬信と一緒になってくれれば、と引き合わせたのだという。

「まさかその瑞希ちゃんが、敬信の探していた運命の人物だったなんて。瑞希ちゃんとは、不思議なご縁があったのね」

敬信は胸を張る。

「何百回、見合いだのなんだのを薦められたことか。みたかばあちゃん、おれの一途さを」

いい年齢をした敬信が子供のようである。

「どうしてお掃除を……？」

瑞希の疑問に答える前に、東連地婦人はデスクにそっとスマートフォンを置いた。

「あ！ もしかして、そのスマートフォン……!」

それは瑞希が盗み、泥棒と間違われたスマートフォンだった。
婦人は申し訳なさそうに再び口を開く。

「ごめんなさい、瑞希ちゃん。私がうっかり忘れてしまったために」

そう。
あの部屋で本当は東連地婦人と、敬信が会うはずだったのだ。
しかし騒ぎが起きてしまい、二人は会えなくなった。


「会長、つまり私の夫と仕事を始めて軌道に乗って……でも、それとは逆に、働いている人の心が目に見えて荒れていきました」

大きくなる会社。
しかし社員は傲慢になり、高圧になっていく。

「汚れを放置すると、それが当たり前になって麻痺していきます。見ても見ぬフリ、割れ関せずになっていくのです」

穏やかでない社員、荒れた会社が長く存続できるワケがない。

「そこで掃除を始めました。会長は皆わかりましたが、私は顔をだしていませんでしたからね。清掃員として働きはじめました」

会長の前では皆、いい振りをしたがる。
しかし、そうではない人物の前ではどうだろうか。

「瑞希ちゃんへの嫌がらせ……いじめ。関与すれば自分もターゲットにされるから、皆が知らぬフリをし加担した。これは荒みです」

婦人はピシャリと云いきる。

「『雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)』。小さな水滴の力でも続けていれば、硬い石にさえ穴を開けることができる。流れ続けた水滴は、やがて大きな川になる」

東連地婦人は笑い、孫に顔を向けた。

「あなたが過去にしてきたことは、決して誉められることではありません。これからは瑞希ちゃんをしっかり守ってあげなさい。瑞希ちゃんが赦すまでね」