エデンの彼方でいつかまた
身をすくませる瑞希に、青年は言葉を続ける。

「おれは商売だが、おまえはそうじゃなくてもいい」

青年は瑞希を見下ろしている。
ぶっきらぼうに見える男だが、その瞳の奥は穏やかだ。

「いらっしゃいませって言葉だがな。フランス語じゃ、il a chié et maché……ウンコして噛んだ、に聞こえるらしいぜ」

瑞希は顔を赤くした。
まだ九歳の女の子である。
青年はニヤリと笑う。

「だからおまえは大声で云え。あいつにも、あいつにも、クソ噛んでんだろうって」

青年の顔を見上げると、皮肉気な瞳が優しく笑っている。
瑞希は愚痴も何も云っていない。
この男の言葉は悪いが、背中を押す励ましに聞こえた。


「気にくわねぇんだろ。どいつもこいつも」


青年の言葉は瑞希の心を代弁しているようだ。
意を決し息を吸い込む。
そして腹の奥底から吐き出した。


「いらっしゃいませーーっ!!!」


公園を行き交う人々に大声で呼び掛けると、一斉に瑞希の方に視線が集まった。
興味を持った何人かが、こちらに歩いてくる。


「やればできるじゃねえか」


愉快そうに笑い、瑞希の頭をグリグリと撫でた。

そんな風によその人間と触れ合ったことも、初めてである。
嬉しく照れくさい、でもとても嬉しいという感情が瑞希を満たした。

瑞希の呼び込みと青年の売り込みで商品は完売し、いつのまにか夕方になっていた。
何人もの女性客が青年の美貌にアドレスの交換を迫っていて、それを全て笑顔で受け取り交換する姿を瑞希はドキドキしながら見ている。

大人の世界。そんな気がした。
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