それは手から始まる恋でした
 極めつけは、トイレから戻るときに急に男子トイレから現れた高良とぶつからないように避けた瞬間私の脚がもつれて倒れそうになった時にダンスの決めポーズかと言わんばかりにキャッチされた。そして暫く何も言わずにそのままの体制を維持された。見つめられると恥ずかしくなり私の顔は真っ赤になった。
 他の社員の声がして離してくれたが、誰も来なければあのままキスをされそうな雰囲気だった。

 穂乃果さんと結婚すると言っておいてこの態度はなんですか?

「波野さぁん海外営業部慰安旅行参加しまぁす」
「はい?」
「メールに波野さんが取りまとめって書いてありましたよぉ」

 忙しすぎてスルーしていた中にレクリエーションという件名のメールがあった。おそらくこれだろう。開封するとゴールデンウイークに自由参加の慰安旅行と書かれ、メールの最後に取りまとめ波野紬と書かれていた。

 そんなことは聞いていない。メール送信者が今日はまだ出社していない。そして私を勝手に暇人扱いしている。私は休日まで会社の人と遊ぼうなんて思うタイプの人種ではない。すぐに電話をかけた。

「なんだ。俺は忙しい」
「なんだじゃないです。あれは何ですか?」
「なんのことだ」
「慰安旅行ですよ。勝手に人を取りまとめ役にして」
「休日手当が出る。仕事だ。感謝しろ」
「ゴールデンウイークですよ。人だって来ませんよ。休ませてください」
「却下だ。これは仕事だ。それにこの前会議室で確認したぞ」

 そういえば人がついてくる上司という話を高良が戸崎さんとしていた時があった。

 会議も終わり私は机の上のコーヒーカップを片付けていたので話半分にしか聞いていなかったが、確かあの時に高良から懇親会の幹事をやったことがあるかと聞かれたのでないと答えた。

 出欠確認や会計の手伝いくらいならやるかと言われ面倒になったので仕事ならやりますと答えた。まさかあの会話がこんな形になって返ってくるとは思わなかった。

「休日にするとは聞いていません。それに泊りなんて」
「残念だがもう遅い。メールを見ろ」

 全額高良負担の高級旅館に宿泊だけあって若手社員数名が早くも参加の意思を伝えるメールを返してきている。楽しみですの一言まで添えられている。ゴールデンウイークに予定がない人がこんなにいるとは。

「こんなことしないと人がついてきてくれないとは大変だな。サポートよろしくな」
「……分かりました。ただし、私は裏方しかしませんよ。出し物とか絶対にしませんから」
「出し物? そんなことするか。現地に行けば完全フリーだ」

 フリーならやることはなさそうだ。安心した。それに旅行先が軽井沢。昔1度だけ行ったことがあるがあの雰囲気が好きだった。涼しくて自然も豊かで何もかもが私の好みだった。
 ゆっくり休むとするか。
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