それは手から始まる恋でした
「なんか寂しいね」

 戸崎さんがボソッとつぶやいた。

「ですよね。高良さん何がしたいんだか」
「戸崎さん、温泉いいらしいですよ。昨日も遅くまで仕事でお疲れでしょう。入ってきたらどうですか?」

 高良が戸崎さんに話しかけてきた。

「ありがとう。でも、波野さんとスイーツ店にでも入ろうかって話てたから高良君は温泉に入ってきたら? 君も今日は朝まで仕事していただろ?」
「いえ。俺もスイーツ店に行きます」
「じゃぁ、私も行きますぅ」

 そんな話をした覚えがない。戸崎さんは私にウインクをしてお勧めだというお店に入った。私の隣には戸崎さん、目の前に高良、高良の隣に鮫島さんと不思議な組み合わせの座り方になっていた。

「どれにする?」

 戸崎さんは私にメニューを見せてくれた。高良は頬杖をついてつまらなさそうにしている。なんだこの状況。

「えっと、フルーツタルトで」
「飲み物は?」
「コーヒーだよな」
「はい」
「ははは。さすが一緒に働いているだけあって高良君は波野さんのことよく分かっているね」

 それから各々食べたいのを注文した。高良の目の前にはいくつものスイーツが並んでいる。

「スイーツぅ好きなんですねぇ。意外ぃ」
「これ美味しいぞ」

 高良は鮫島さんを無視して一口食べたケーキを私の前に置いた。ほんの数ヶ月前なのに高良の誕生日が懐かしい。

「食べてみたいですぅ」
「では鮫島さんどうぞ」
「食べないのか?」
「鮫島さんが食べたいって」
「波野さんがぁ一口食べた後でいいですよぉ」

 鮫島さんは空気を読んだ。一瞬だが高良が放った一言で空気が変わったように思えた。

「じゃぁ、一口。……本当にこれ美味しいです。こっちにすればよかったかな」
「もう一個頼めばいい」
「いいんですか? 鮫島さん半分にしませんか?」
「えぇ? 私ぃそっちがいいですぅ」

 鮫島さんは高良の食べかけを指さした。間接キスでも狙っているのだろうか。

「じゃあやる。波野さんは俺と半分にすればいあ」

 鮫島さんはそういう事じゃないというような表情を浮かべながらも高良が手を付けていたケーキを受け取った。高良は少し顔つきが柔らかくなった。

 高良は一口食べて美味しいと思ったものを次々に私に渡してきた。私に回ってこなかったものはイマイチ高良の口には合わなかったようだ。
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