それは手から始まる恋でした

幸せの吐息

「ちょっとあんまりその……あっ」

　ビール工場から旅館に戻るタクシーの中で高良に手を触られている。というか食べられている。最初は触っているだけだったが唇が触れ、どんどんエスカレートしていた。恥ずかしくて上を向けない。ごめんなさい運転手さん。でもお願いですからこっちを見ないでください。

「ごめん。つい」

　ついではない。私が抱きしめた後、キスもせず手を繋いで速足で歩き始めた高良に必死でついて行った。無言の高良は少し怖かった。私は何かしてしまったのだろうかと不安になるほどだった。

　タクシーに乗ったが、やっぱり彼が好きなのは私の手だった。自分の手に嫉妬するなんて馬鹿げた話だが、本当にこやつめと自分の手に嫉妬している。

　手とはいえ、あまり長くは続けられると私も変な気分になってくる。
　旅館に近づくと私と高良のスマホが同時に鳴った。鮫島さんからのメッセージは襲われましたとハートマークの一文のみだった。

　酒に酔った男の理性はなんと簡単に吹っ飛ぶのだろうか。

　高良を見ると目がギラついている。

　……危ない。

　旅館の入り口に着いてタクシーを降りると高良は私の腕を掴んで中に入ってく。

「高良さん！」

　高良を止めたのは高良に憧れている若手社員。

「なんだ。俺は急いでいる。手短に言え」
「大丈夫ですよ。私達急いでいませんから」
「なんで高良さん波野さんの腕掴んでいるんですか？」
「これは波野さんが逃げないようにだ」
「慰安旅行なんですから波野さんも自由にさせてあげたらいいのに。雑用なら手伝いましょうか？」

　彼は私が遊びたいあまりに逃げようとして高良が怒って連れ帰って来たと思っているのだろう。

「いや、大丈夫だ。話がないなら俺たちは失礼する」
「そんなこと言わないで、沢山ケーキ買って来たんで食べながら聞いてくださいよ」
「高良さん。ケーキ食べながら話を聞いてあげましょう。これも慕われる社長になるための大事な仕事ですよ」
「……分かった。聞いてやる」

　私達は彼の部屋に移動して話を聞いた。まとまりのないグダグダな話し方だったが高良はイライラしながらも先輩らしくアドバイスを送っていた。