それは手から始まる恋でした
指の一本一本を彼の指が優しく触れていく。まるで探し求めていた骨董品をようやく見つけ、自分の手で本物なのかを確かめるように丁寧に慎重に余すとこなく触っていた。

 私は何が何だか分からず、急に手を取られたことに驚いて手を引いたが彼の力に負けてしまい、なされるがまま彼の手の動きを目で追っていた。

 触られている間、不思議なざわめきを感じた。男性にこんな風に触れられたことはない。好きな男性ができても好きとは言えず、好きになればなるほど話すことができなくなる。警戒心が強く、男性を寄せ付けない性格も相まって男性経験のないままこの年になった。初めて感じるこの胸のざわめきと息苦しくなってくるこの感覚。

 彼は私の反応を楽しむようににっこりと笑い、左手を握ったままもう右手に彼の手を伸ばした。私は咄嗟に右手を引いた。

「なんで?」

 なんではこっちのセリフだ。何故私の手をそんなに触るのだろうか。それも普通に触れるだけではない大人の触り方。

「し、仕事しないといけないので」
「いいよ、そんなの。触られて気持ちよさそうだったじゃん。ほら、手出して」

 高良は私の机の上に座り微笑みながら手を差し出している。まるで飼い犬にお手をさせるように。

「な、なっていません。仕事します。離して下さい」
「嘘だ。さっき目がトロンとしていた。顔も耳も真っ赤にして息荒くして、いやらしいこと考えていただろう?」
「べ、別に何も……」

 高良は握ったままの私の手にもう一度触れてきた。気持ちいいとは思ってはいけない。平常心を保たなければ。でも無理……。私は下を向いた。

「もしかして、波野さんって男性経験なかったりする?」
「は? 何言ってるんですか? セクハラですよ、セクハラ!」
「ごめん。でもなんか反応可愛くて。初めてなのかなって」「は、は、初めてじゃないですよ」
「本当に? もしかして結婚してるの?」
「してません」
「彼氏は?」
「か、彼氏? え、ええ。彼氏にソフレやセフレ、沢山いて大変ですよ」
「あはは。波野さんって意外」
「はい?」

 何故か笑われている。私今なんて言った。彼氏にソフレやセフレ? 何を言っているんだ私は。意外ってどういう反応? 意外と遊び人ってことでいいんだよね? でも遊び人って思われるのも駄目だよね。

「大変だったんです。でも今は落ち着いてます。遊んでないですよ」
「じゃあ、本命彼氏がいるってこと?」
「えっと、まぁ、そんなところです」
「へぇ」

 高良は私の手を離し、自分の席に戻っていく。一体何をしたかったのだろうか。そう言えば年齢は手に出るって言ってたっけ。

「あの、私の手、年相応でした?」
「あぁ」

 それ以上、高良は何も言わなかった。触れられた感触が手に残っている。気を抜くとあの感覚がよみがえって私の思考を停止させる。
 
 もっと触れられたい。
 彼の手でもっと……。
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