それは手から始まる恋でした
   ***

 ひょんなことから俺に彼女ができた。年上の彼女だ。見た目は普通、仕事はミスが多い、気が強くて嘘が下手な女だが、彼女の手は最高だ。

「どうした。今日は気持ち悪いくらい顔が歪んでるぞ」
「歪んでなんかないだろう。俺の顔はいつでも完璧だ」
「はいはい。それで何があったんだ?」
「仕方なく彼女にしてやった」
「仁に彼女? どこのモデル? あ、女優の卵だっけ? 最近お前にまとわりついてるもんな」
「違う。あいつだよ」
「あいつ? ……もしかして、ホッカイロちゃん?」
「だからその呼び方、まぁいいか。そう。彼女にしてくれってせがむから仕方なくな」
「マジか。モデルや女優の卵ならまだしも、手だけが取り柄のホッカイロちゃんが仁の彼女? ありえない。彼女だぞ、お前の初彼女がホッカイロちゃんでいいのか?」
「まぁ仕方ないだろう」
「彼女作らない主義の仁が……。やっぱり穂乃果が結婚したことがショックだったんだな」

 陵は俺の頭を撫でているが、穂乃果の結婚のことはいつの間にか吹っ切れていた。穂乃果は俺らの幼馴染でいつか俺と結婚するんだとどこかで思っていた。言わなくたって穂乃果も分かっていると思っていたが急転直下、俺の知らないところで彼氏を作り、結婚した。俺が波野さんに出会ったのは穂乃果の結婚式の後だった。

 あの絹のような触り心地と柔らかさ、そしてほんのり温かいあの手の感触が俺の頭の中から消えなかった。近くにあるのになかなか触れないというのはお腹が空いた状態で目の前にご馳走を並べられて待てをさせられている犬と同じ状態だ。

 会社に出勤できない日が続き、駄目元で会社に戻ってみると彼女がいた。なんだかんだあったが、彼女の手が他の人に容易く触られていると思うと居ても立っても居られなかった。自分でも何故あんなことをしたのか分からない。何故あんなに彼女の手を触りたいと思うのかも分からない。

 好きな人に好きだと言えずに終わったあの日、誰にも気に留められずにいた俺に差し伸べられた手だったからかもしれない。あの手が波野さんのじゃなくても俺はこんな風に思ったのだろうか。波野さんじゃなくても彼女にしたのだろうか。
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