それは手から始まる恋でした
「うふふ。内緒ですぅ。波野さんには関係ないですしぃ。あ、そぅそぅ、これ頼まれていた資料ですぅ。私が何度もチェックしたので波野さんは確認しなくていいですよぉ。高良さんに私がまとめたって言ってくださいねぇ」

 もしかしたら彼女は高良のことを狙っているのだろうか。そうなると話がややこしくなる。高良とのことはあまり人に言ってはいけない気がしてきた。そもそも人に話すつもりはなかったが、よく考えてみたらこの会社で高良を狙っている人は数多くいるはずだ。こんな私と付き合っているなんて噂にでもなってしまったら会社で居場所がなくなる。

「ありがとうございます。高良さんにお伝えしますね」

 鮫島さんのお陰で会社での高良との接し方が決まった。でも、会社で彼女として振る舞うことができなければ私は一体どこでこの関係を楽しむことができるのだろうか。

 その日、高良は何食わぬ顔でお昼頃に出社してきた。

「おはよう」

 挨拶は他の人にする挨拶と何ら変わりがない。笑顔もなし、彼氏感ゼロ。これでは周りに気が付かれてどうしようなんて展開にもならなさそうだ。
 暫くすると高良は私に質問してきた。

「何、この資料」

 高良の席に行くと、先ほど鮫島さんに貰ったデータを開いているようだった。ファイルが大きいためUSBに保存してもらっていた資料。そのまま私は鮫島さんからの伝言を書いたメモをつけて高良の席に置いていたのだ。

「えっと、依頼されていた資料だと聞いていますが、そのまま置いていたらまずかったですか?」
「いやそれは構わないけど、このデータ俺が依頼したのとは違うよね?」
「そうなんですか?」
「確認してないの?」
「すみません。何度もチェックしたっておっしゃっていたので」
「はぁ。何のために波野さんがいるの? 間違っているかもしれないから俺の要望どおりか先に確認してよ。俺、こんなことで仕事の時間減らされるのが一番嫌いなんだ」

 高良は鋭い目を向けながらUSBを返してきた。

「昼行ってくるからその間に終わらせといて」

 そう言って高良は来たばかりなのにお昼に出ていった。
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