それは手から始まる恋でした
「すごく美味しいです。食べますか?」
「いらない」

 そう言いながらもお弁当をチラチラ見てくるので気になる。

「やっぱり食べますか?」
「しつこいな」
「だってさっきからお弁当見てるので」
「……弁当を左手で抑えるから」
「え? お弁当って持っちゃダメでしたっけ? すみません。私、作法とかあまり知らなくて」
「そうじゃなくて……。これじゃ、左側に座った意味がない」
「え? これじゃ何ですか?」

 声が小さすぎて「これじゃ」の後は全く聞き取れなかった。

「いいから早く食え」
「はい。あの、私食べ終わったらすぐに戻りますので高良さんは席でお仕事してください」
「ここで仕事する。一時間休憩しろ。ここに俺といれば会議でもしていると思われて誰にも何も言われないだろう」

 優しい。この会社では休憩時間をずらすことはできるが、新人としてカウントされる私が平気な顔で1時間もずらすことはできない。私が事前にチェックをしていれば鮫島さんに確認してもらい、ちゃんと休憩時間をとれたはずだが、それができなかった。
 まぁ、高良の戻ってくるまでに終わらせろ宣言さえなければ私はお昼をちゃんと取れたのだから五分五分か。
 それにしても会議室とはいえ二人きりで個室にいるのは緊張する。早く食べ終わってトイレにでも行って、戻ってきて対角線上の一番遠い席に座ろう。さもないと私のこの小さな心臓はすぐにオーバーヒートしてしまう。

「ご馳走様でした。美味しかったです」
「よかった」

 高良はそう言うと、私の手の方に向かって手を伸ばしてきた。

「なんですか」

 私は咄嗟に手を引いた。

「何って恋人同士なら手くらい繋ぐだろ」
「忘れてなかったんですね」
「酔ってもないのに忘れるわけないだろ。ほら」
「繋ぎませんよ。仕事中ですし」
「今は休憩時間だ」
「私は休憩時間ですが、高良さんは仕事中です」

 それにあなたは私に連絡もしてこなかったですよねと言いたいがそれを言ってしまうと私が高良からの連絡を待ちわびていたように思われてしまうのでやめておいた。

「つべこべ言わず手を出せ」
「出しません」

 私は席を立ち高良の手から逃れよと身をよじったがそれにより思わぬ方向に進んでしまった。

「自分から机の上に横たわるとは変態だな」
「ち、違います。これは行き場がなくて、足も絡まって、それで……」
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