それは手から始まる恋でした
「じゃあ、ついでに部屋に入れ。俺はお前を襲ったりしない」
「指一本も触れないでよね」
「それは無理」

 そんな会話をしていると高良は玄関を開け、私はいつの間にか高良の部屋に足を踏み入れていた。

「な、な、何これ」
「何って俺の部屋だ」
「じゃなくて何この荒れよう」
「忙しいから片付ける暇がなかった。人に入られるのも嫌だから家政婦も雇ってない」

 高良はその完璧な風貌とは真逆の汚部屋の持ち主だった。綺麗好きの私としてはこの状況、放ってはおけない。

 私は早速部屋の掃除を始めた。一応ゴミは袋に入っているようだが洗濯類が山のように散らかっている。

「ねぇ、波野さん、そんなことしなくていいからこっちおいで」

 高良は唯一綺麗なベッドルームのドアの前に立って私を呼んでいるが、私はそれを無視して掃除を続けた。

「おい、俺の言う事聞けないのか?」

 高良は我慢の限界なのか私の腕を掴み強引にベッドルームに連れ込んだ。

「放して。襲わないんでしょ。それにお風呂にも入らずベッドなんて汚いでしょ」
「一緒に風呂入りたいのか?」
「そんなこと言ってません」

 高良は私をベッドの上に押し倒し、上から乗ってきた。人生で初めてのこの状況。どうしたらよいのでしょうか。

「怖いか?」
「何がよ」
「キスする?」
「しない」
「本当にしなくていいのか?」
「……いい」

 私の心臓はこれまでにない速さで動いている。キスしないと言いながら私はどこかで彼からキスしてくるのを期待していた。この間のような仕方なくするキスではなく、彼が私にしたいと思ってしてくれるキスを。

「そっ」

 高良は私の横に寝転んだ。そして、彼は私の手を両手で握りしめ彼の胸の上に置くと握ったまま眠りについた。

「え? 高良さん、あの、これは何ですか?」

 私の手を握る彼の手がとても綺麗だった。こんなに間近で高良の手を見たことがなかった。私の手よりも大きく、すらっと長い指、綺麗に整えられた爪。血管が浮き出る手の甲。私のなんかよりずっと綺麗で魅力的だ。

 私は握られていない方の手で彼の血管をなぞった。ぷくぷくとしてちょっと面白い。押してみたりして遊んでいると高良の手が動いて私のもう一方の手を掴み、指を絡ませてきた。恋人繋ぎ……。初めての恋人繋ぎは無意識のままにされていた。
< 28 / 118 >

この作品をシェア

pagetop