それは手から始まる恋でした
「一人でなんで落ち込んでいるんだろう」

 心の声が漏れてしまった。するとゆっくり高良の目が開いた。

「何を落ち込んでるんだ?」

 眠たげに言うその一言は寝言にも思えたが、高良の目は私を見つめている。

「別に何も……」
「ならいい」

 高良は繋いでいた手を離して眼鏡を外すとサイドテーブルに置いた。眼鏡がないと少し若く見える。可愛い。

 それにしても、意識があると手は繋がないのか……。

 そう思っていると高良は私の頭を持ち上げ、腕を通し、そのまま私を抱きしめた。

「な、何してるの?」
「これくらい、いいだろ」

 これくらいも何も私は腕枕の経験もなければ抱きしめられて寝た経験すらない。自然と身体に力が入る。

「リラックスしろ」

 そう言われてもこの状況でリラックスなんてできっこない。そんな私をよそに高良はすやすやと寝息を立てている。何故この状況でそんなにすぐに眠れるのだろうか。高良の息使いを聞いていると自然と眠気が襲ってきた。こんな状態で眠れるはずがないと思っていたが、私はいつの間にか深い眠りについていた。

 何だろうこの感覚。唇がくすぐったい。

「動くな」

 ちょっと低くて少し色気のある落ち着いた高良の声が聞こえる。

「何笑ってるんだ?」
「だって、高良さんの声が聞こえるから」
「何言ってんだ? 寝言か?」

 会話が成立している。それにしてもリアルな声にリアルな返し……そうだ、私昨日高良さんの家に!

 はっと目を開けるとそこには私の唇に指を這わせている高良がいた。

「な、何してるんですか?」
「唇潤わせてるんだよ。こんなカサカサとはキスしたいとも思わない」

 言われてみれば唇がベタベタする。

「これは俺が厳選に厳選を重ねたリップバームだから毎日使っていればすぐにそのカサカサも治るだろう」

 乾燥しがちな唇は塗っても塗っても改善されなかったので半ばあきらめていた。高良から手渡されたものはいかにも高そうな容器に入ったリップバームだった。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして」

 高良は私の頭を撫でながら、微笑みかけている。なんだろう、この時間。なんだか本当に彼氏と彼女みたいになっている。ドキドキと心臓の音が聞こえだした。どうしよう。本当に私高良のことを好きになってしまうかもしれない。
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